煩悩遍路15日目「限界突破」―修行の道場―

5時起床。
半乾きの衣類をザックに詰め込み、6時に宿舎を出る。


イタルさんは青龍寺の納経を昨日せずに来たらしく、
納経所が開く7時までここでゆっくりしていくとのこと。
ぼくとリクくんの2人で先へ進むことにした。

テラスでカップ麺の湯を沸かすイタルさんの後ろ姿を見てさよならと声をかけた。
彼と直に喋るのはこれが最後となった。



今日は須崎を通って窪川方面へ向かう。
浦ノ内湾には巡航船がある。昔、弘法大師もここは船で渡ったという言い伝えがあり、
それならば(歩き遍路的に)合法交通手段だよねということで、
足のマメがひどいことになっているリクくんは船に乗ると張り切っていた。

7時ごろに出港する船を目指す。それを逃すと次はたしか10時台。


早朝だからか、下り坂だからか、ぼくはなんだか足が思うように進まない。
急いでいるリクくんに申し訳ないし、「ぼくはちょっとゆっくり行くから、先行ってて」と伝えた。

では、と彼は足早に先へ進み、見えなくなった。

昨日雨の中渡った宇佐大橋を戻り、そこから西へ。
渡船場が見えてきた。彼はうまく乗れたんだろうか。
もし乗れたなら、3時間ほどの時間短縮になる。しばらくは追いつけないだろう。

ちょっとさみしい気がした。



湾の中の静かな海を見ながら、一人歩く。

雨は止む。日はまた昇る。波は寄せて返す。
そんな当たり前のことに心がざわつく。

こういうのを「感動」というのだろうか。
雨の日があるから、晴の日の嬉しさが際立つのだ。

当時のメモを見るとこういったポエミーなことがしばしば書かれている。
よっぽど暇なのか、疲れ切っているのか、他に見るものが無いのか。
それでも、ただ歩くだけというこの行為も、もう日常と化していた。
雨が降っても、足が痛くても、眠くても、暑くても、疲れても、歩く。



ペースはゆっくりだがノンストップで歩いていると、休憩所でリクくんが休んでいた。
「聞いてくださいよ!船、あと1分のとこで出ちゃってたんです。笑うしかない...」

おやおや、なんか自暴自棄ムードになっている。
よほど誰かにこのことを聞いてほしかったのだろうか、やけに饒舌になっていた。



一緒に歩く。
そういえば、リクくんと2人で歩くのって、いままで無かったな。

ぼくはノンストップで歩いていたので少々疲れて、ところどころ休んで先に進んでもらってたけど、
すぐに追いついた。

実は休んでいる間に、秘密裡に連絡していたシロさん onバイクと休憩所で待ち合わせていた。
シロさんのもう一つの家がこの先にある。2日後の夜に、泊まらせてもらうことになった。
彼は区切り打ちなので、この時点で既にお遍路は中断しているのだ。

「とりあえずあと2日、がんばってね。この先どこまで歩くのか知らないけど、
 それはまたうちに来てから、考えればいいよ。」
「はい、チョコどうぞ、じゃあね」

彼は単身どこへ行くのだろうか。彼女とデートかなあぁ。
バイクの似合う彼の背中を目に焼き付け、もらったチョコにがむしゃらに食らいついた。
その甘さが辛かった。



昼前になり、脚の調子も上がり、リクくんに再度追いつく。
須崎名物の鍋焼きラーメン店に突入。
3年前のスケッチ旅でも食べたラーメン。ここまで歩いてきたんだな。

リクくんは鍋焼きラーメンの存在を知らなかったようだ。

「船の件は残念だったけど、おかげで鍋焼きラーメン食べれたから、良かったじゃない」
ちょっと押し付けがましい気もするけど、他人の後悔はなぜか前向きに考えられるもんである。

「ちかひらさんはグルメですね~」
いや、単に食い意地張ってるだけなんだけど...と思いつつ、
香川には何度も讃岐うどんを食べに遊びに行ったことを話していたことを思い出した。
グルメなのかもしれない。

これは後に気づくことだが、
人間、身体的限界を継続するような状況下でもどうしても外せない行動というものがあり、
歩き遍路ではそれが如実に現れる。

疲れ切っているけど、鍋焼きラーメンは外せない。
そんなぼくはグルメなのかもしれない。



さて、今日はどこまで歩こうか。
土佐久礼に野宿スポット、しかもベッドまである所があるらしいからそこにする?
或いは思い切って峠を超えて影野駅まで行くか…?駅寝やってみたいし。

リクくんは船のことをまだ引きずっているようで、
ヤケクソだ、夜8時くらいまでかかるけど影野駅まで行こうという気分になっていた。



夕方が近くなる。
遠くに姿は見えるもののなかなか追いつけないお遍路さんがいて、
止まっているスキにようやく追いついた。
40代の真っ黒な髭坊主のお兄ちゃん。マルさんとでも呼んでおこう。

話を聞くところによると、野宿無し歩き遍路で、お遍路自体は2回目。
「時速5kmで歩けば1日50kmは歩けるよ」
「前回は25日で結願した」
「足摺岬のピストンもね、荷物を手前の宿に置かせてもらって時速6kmで歩けば1日で行けるんだ」


って、バケモンかい。30日切った切らないで自慢大会があるくらいなのに、25日って…
まーテントと寝袋を持っている野宿組と比較しても意味は無いんだけれど。

そもそも昼飯も歩きながら食べてるらしいし。


ただ、妙にライバル心を誘発させ、もろに影響を与えてくるタイプの人だった。
結局、リクくんとぼくとでもう意志は決まった。
峠越えをしよう。影野駅まで行こう。50kmを超えるのだ。


マルさんは土佐久礼の宿に泊まる。
スーパーで夕飯と明日の朝飯を買うとき、マルさんはおにぎりと唐揚げを接待してくれた。

「がんばってね、若いんだし、2人だから、いけるいける!」

完全にノセられている。



ここから影野駅まで大体8km。だが、峠越えだ。
すでに17時ごろであり、霧雨も降っている。

もうヤケだ。2人で、峠へ向かった。

ただひたすらに、無言で国道を登っていく。
菅笠に当たる雨の音が聞こえる。

足の調子は順調で、濡れて入るけど痛くない。
坂道は前傾姿勢になるからだろうか、あまり疲れないし、早めのペースで歩ける。

ちょくちょく後ろの様子を見ながら進んでいく。
リクくんはちょっとしんどそうだ。マメもひどいしと言っていたからなぁ。
「歩ける?」「大丈夫です…」



途中のトンネルで雨をしのげるありがたみを感じ、
霧がかった山々を見下ろしてはその幻想的な風景に息を呑む。

こうした経験もまた、船に間に合わなかったおかげ…なのだろうか。
そうでも思わないとやってられない感じはある。



日が暮れた。七子峠に着いた。あとは降りるだけ…

そこには潰れたガソリンスタンドがあった。
ちょっと一休み…。

2人とも憔悴しきっていた。再び雨の中歩き出す余力は無かった。
どちらからの発言かは忘れた。「ここで野宿しよう」

風邪ひかないようにまずトイレで着替え、夕飯を食べる。
リクくんの足のマメは更に悪化しているようだ…。



リクくんの計測によると、この時点で本日の歩行距離50kmを超えていた。

これを毎日繰り返せば、あっという間に結願できるね、と笑いつつ、
毎日は無理だろうなと実感した。
でも、この時、もう元には戻せない煩悩が取り付いていた。
一度出来たことは、次も出来なければならない。
限界突破のあとに見えるのは、より高いハードルである。

この経験が翌日以降ぼくを苦しめることになるのことに、その時まだ気づかなかった。



寝る支度をする。
ぼくはテント、リクくんはテントを持っていないので寝袋だけで寝るそうだ。
大丈夫かなぁ。

雨の音は子守唄。おやすみなさい。






・・・





「ニャーニャー」

深夜、突然ネコの鳴き声がした。しかも、鳴き止まない。

思わず起きてテントから出ると、野良猫がリクくんの睡眠を妨害していた…
ここで野宿する歩き遍路に餌付けされているのか、夜を狙ってやってくるのだろう。

何遍遠くへ連れて行っても、トイレの個室に閉じ込めても、
恐るべき身体能力で戻ってくる。
そしてぼくらの貴重な食糧をザックから漁るのだ。



寝る気力すら、ネコへの憎しみすら沸かなかった。
もし一人だったらテントに閉じこもって無視して寝るかもしれないけど、
今日は無防備なリクくんがいる。これでは寝れないだろう。ほっとけない。

1人用のテントだけど、詰めれば2人入れる。食べ物と貴重品と人間だけテントに入れ、
その他リュックは外に出し、2人で寝ることを提案した。

彼は断らなかった。
断る気力すら無かったのだろう。そして、それ以外に選択肢はなかったのも事実である。

頭と足とを互い違いにし、少しでも安眠する。
もし、ぼくがカムアウトしていたらリクくんは拒んだだろうか。
ぼくの進言はいやらしいものと映っただろうか。

失礼だけど、彼はぼくの好みのタイプではなかった。でも、それは両者にとって幸いだったのかもしれない。
もしイタルさんだったら、ぼくが寝れない。



この日、50kmという記録と、それに付随する煩悩の芽を新たに獲得した若者は、
旅の道連れと、一つテントの中で眠った…。

15日目


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煩悩遍路14日目「交差点」―修行の道場―

14日目(1)


朝から雨音が屋根を叩く。
6時半ごろ、いつ出発しようかなぁなんて考えながらパンを一人食べていた。
イケメンのイタルさんは隣の部屋でまだ寝てるようだ。

通夜堂は原則として納経所が開く午前7時までには明け渡して出発しないといけない。
しかし、この雨の中、全く出発する気がしなかった。

ようやくイタルさんが起きてきた。
ん~。寝ぼけ顔もかっこいい。

と、そんなことはどーでもよくて、問題なのは僕らがいつ出発するかである。
どうしますかね?



歩き遍路が朝まず考えることは、
地図を広げ、その日どこまで歩くかと、宿泊の目処を立てることの2つである。
この雨の中どこまで行けるだろうか。
いつも通り30km進むならばこのへんまで行けるんだろうけど、
野宿できそうなポイントは無さそうだし、
こんな雨の日に野宿するのは嫌だなぁ…

僕がうだうだ悩んでいる間、イタルさんは落ち着いた心構えで朝飯のカップ麺を食べていた。
彼は歩き急いではいないようだった。

その最中、ヤマさんがびしょ濡れになって追いついてきた。1日ぶりなのに、久しぶりな気がする。
そして、「先いくわ~またね」と言って去っていった。
これ以降、彼と会うことは無かった。

そんなこんなで9時半。
ここから15kmほどの距離にある国民宿舎の安いドミトリーを発見し、
イタルさんと一緒に今夜も泊まることになった。

当日だけど空いてるかな~、予約できるのかな~とうだうだ言っているぼくをよそ目に、
イタルさんがサクッと電話して予約確定してくれた。

考えるよりまず行動。
これが30代の貫禄か…。ぼくもかくありたいものだと思った。



さて、宿の予約もできたところで、ようやく歩き出した。
レインウェアを着てもしみて来る雨。撥水機能が完全になくなっている。
川のように雨水が流れるアスファルトを2人、下っていった。

イタルさんはもうちょっとしっかり朝(昼)ご飯を食べてくるとのことで、
1時間ほどで一旦別れた。また夕方、宿で。

ちょっとさみしかったけど、ペースも違うし雨も降ってるし、
そもそも単独行動が歩き遍路の基本であり、
そこんとこを「ご飯食べてくるね」と言って自然に実行したあたりも
彼の優しさだなと思った。



そして、ぼくはぼくで急がなければならない理由があった。
夕方に会社のカウンセリングの電話が1時間かかってくる予定が入っているのだ。

つまり、その時刻にはどこか雨を避けられて座れる静かな場所にいなければならない。
おそらく、次の札所の境内のどこかとなるだろう。
間に合うように、雨の中をそそくさと歩く。

靴の中がかなり浸水してきていた。
そして、左足が痛い。ピキッとくる痛みだ。一歩一歩がきつい。
昨日早歩きしたからだろうなぁ…。でも、今日の歩行距離は短いから、その点は安心だ。
あれ?それなら昨日もっと手前で宿泊すればよかったのではないか…?
いやいや、もしそうだったらイタルさんと会えなかったんだから、これでいいのだ。多分。



予定どおりなんとか札所に到着し、
カウンセリングの電話で「お遍路してるんです」と言ってちょっとびっくりされ、
丘の上の国民宿舎Tに到着。

ロビーではもうイタルさんが到着し、椅子で寝ていた。
電話している間に追い抜かされていたみたいだ。

チェックインを済ませた。
係の人から、今夜はもうひとりお遍路の方がドミトリーで予約しているとの情報を得る。
誰だろう。途中で会ったおじさんかな?
部屋に荷物を置きに行った時点ではまだ着いていないようだ。



風邪をひかないように、さっそく入浴することに。
濡れた衣類をイタルさんのと一緒に洗濯機へ。
そして、浴場で裸のおつきあい。

一方的にドキドキはする。これは仕方ない。
もし、ぼくがゲイだと言っていたらどういう反応をされるのだろう。
多分、イタルさんならなんてことはなく受け入れてくれるだろうけど…とかそんなことを考えながら
室戸岬の民宿以来の湯船に入り、身体の芯から温まった。
風呂はいいねぇ…。今日は宿とってよかったねぇ…。と2人でリラックスしていた。



とそこに、3人めのお遍路が入ってきた。

あれ????
リクくんだった。

まさかこんなところで(しかもお風呂で)再会するとは(笑)
向こうもかなり驚いてたし、お互い笑った。



その夜は楽しかった。
若者3人で、夕飯を食べ、ドミトリー室でダベる。
みんな出発のタイミングも歩くペースも違って、抜きつ抜かれつしつつも
どこか接点のある情報を共有し合う。

イタルさんとリクくんも、室戸岬の手前で一度姿を見たことがあったらしい。

歩き遍路は誰しも沢山の人達に出会い、ドラマが生まれる。
その出会った人同士の間にも当然ドラマはあって、

そのドラマ同士がどこかのタイミングで共有され、
さらなるドラマが発生する。

そうしたストーリーの交差点の一端に触れたときに、はじめてそのことに気づくのだけれど、
ぼくはその時、このことが、
歩き遍路というものの最大の楽しさ、中毒性なのではないか、と思った。



日没の前、雨が止み、景色が見えるようになっていた。
円弧を描く海岸線は水平線とくっつきそうなくらいまで遠く、ずっと続いていた。

南東の彼方に見える岬、あれは室戸岬だろうか。
「あそこからここまでずっと歩いてきたんだね…」

3人で一緒に歩いたわけではないのに、一緒に歩いたような、
そんな不思議な一体感に包まれつつ、
人間、やればなんでもできる、どこまででも行けるんだよね、などと
胸の奥が締め付けられるような、リアルな感動を、
覚えていた。

くたびれた身体を動かすこと無く、
3人は突っ立って遠くを見つめ続けていた。



後日談となるが、その後、結願の報告をイタルさんにメールした時、
彼はこう振り返ってくれた。

「国民宿舎から観た風景、忘れられないですね。室戸岬の方まで一望出来た場所。
コツコツと歩いてきてすっごい距離を歩いてきたというのは、自信になりますね。
そのまま人生の教訓になりそう。
自分でも気づかない無意識のうちに心に変化は起きていると思いますよ」

ありがとう、また、どこかで。


14日目(2)




煩悩遍路13日目「1日未来を歩く」―修行の道場―

歩き遍路は、ペースは違えど1日に歩く距離はだいたい似たようなもので、
以前出会った人とひょんなところで再会することが多々ある。

その逆で、自分より1日先、あるいは前に出発した歩き遍路と親しくなることはほとんどない。
よっぽど人よりも速歩きする人か、
もしくは、往復の経路が重なる区間ですれ違うくらいだ。



この日、ぼくは早朝に高知のゲストハウスを出発し、いつもより急ぎ足で歩いた。
35kmほど先にあるお寺の通夜堂で宿泊させてもらうためである。
納経所の閉まる17時までに到着しなければならない。

昨日ともに歩いた遍路仲間と会うことはもちろん無い。1~2時間のずれがあるだろう。



太平洋と桂浜が一望できる高台のお寺の境内で、以前お接待で頂いていたおせんべいを食べる。
リュックサックの中ですっかり割れてしまっていた。
固いものは割れる。そんな当たり前のことをしみじみと一人噛み締めていた。



浦戸湾を越えるには、風の強い浦戸大橋を渡るか、県営の渡し船に乗るか、2通りの方法がある。
浦戸大橋を渡れば、桂浜に寄ってちょいと観光気分も味わえるのだが、
なんせ今日は時間がないし、3年前に桂浜は堪能したということもあって、
今回は渡し船を利用することにした。

船乗り場までの道中も、暑い日差しが照りつける。
「何も考えずに一人で歩く」なんて、そんなことできるのだろうか?
そんなことを考えながら歩いていた。無心は難しい。

船は1時間に1本。なるべく早く進みたいぼくは、乗り場まで走ってみた。
10kgのリュックを背負って、菅笠と金剛杖を持ってドカドカと足音を立てて走る変な遍路。
無心にはなれたが、疲れてきてアホらしくなったのでやめて、1時間あとのに乗ることにした。



渡し船は旅情があって良い。
待ち時間に、近所のサイクリング好きなおじいちゃんに話しかけられて、しばし会話をする。

「歩いてると、だんだん自分は本当に旅や歩くことが好きなのか分かんなくなってきちゃって」
「好きかどうか悩むんじゃなくて、好きになればいいんじゃないのかな」とおじいちゃん。
根拠は無いけど、少し、気が楽になったような気がした。

「歩き遍路さんは孤独で、誰かと話したがってる。だから俺はなるべく声をかけるようにしてる」
のだそう。
良い人だ。まさに、ぼくが欲していたことだった。

一人で歩くことは苦ではない。でも、ずっと一人では何事もつまらない。
誰かと話したがってたんだろう。
おじいちゃんと話したことで、やっぱり歩き旅は好きだ、と思った。



夕方、仁淀川にたどり着く。
雲が出てきた。明日は雨らしい。

ここからは35番札所清瀧寺へのピストン区間である。
明日は同じ道を引き返してくることになる。

早朝の出発&早歩きだったぼくは、ここで数人のまだ見たことのない歩き遍路とすれ違った。
ぼくより1日未来を歩いている遍路のみなさんだ。
もしぼくが1日早くお遍路を開始していたら仲良くなっていたかもしれない人達。
そう思うと、パラレル世界に迷い込んだような気分になれる。

おじいさんみたいな人、真っ黒に日焼けしたぽっちゃりなお兄さん。
「こんにちは」「お疲れ様です」

すれ違いざまに、それを言うだけだった。



何か、モヤモヤするものがあった。
次、誰かとすれ違ったら、挨拶だけじゃなく、話をしてみよう。

お寺への上り坂がはじまったあたり、時刻は午後4時半ごろ、
一人の若い歩き遍路が降りてきた。

「お疲れ様です、今日はどちらまで歩くんですか?」
「どうも、私はこの先のトンネルの手前の休憩所で野宿できるらしいんで、そこまで行こうかなと」
「おお、まだまだ歩くんですね、頑張ってください」

その人から質問された。
「年齢近そうですけど、おいくつですか?」
「ああ、26ですよ」
「やっぱり近い!俺は27です」
「27…(ん…?)もしかして、徳島で、通し打ちの23歳の子と一緒に歩いてませんでした…?」
「え…、ああ、歩いてましたよ」
「やっぱり!ぼく、その子とペースが同じで、何度か会ってるんです。
 昨日は高知で宿泊したみたいなので少し手前にいるんじゃないかな。
 あなたにすごく会いたがってましたよ」
「はは、それはご縁ですね!」

「では、ぼくはこれからお参りしてきますので。今夜は通夜堂に泊まらせてもらおうかなと」
「上の通夜堂なら、たしか一人泊まると言ってた人がいましたよ。良い夜を!」
「さいなら!」

勇気を出して声をかけてみてよかった。弘法大師の用意してくれたご縁だと素直に思った。



納経のタイムリミット、17時になる前に目的のお寺に到着。計画通りだ。
境内には、すっかりリラックスモードの歩き遍路のお兄さんが座っていた。

少し話をして、一緒に納経所へ、通夜堂で寝させてもらう旨、了承を得にいった。
今晩は2人で通夜堂泊、である。



そのお兄さん、名前はイタルさんとしておこう。

イタルさんは30代。ワーホリなど経験したあと、最近退職して、
次の仕事にとりかかる前に一度やってみたかった遍路を区切り打ちでやっているという。
区切り場所がぼくと全く同じ日和佐で、しかもその期間がたった1日ズレということで、
お互いびっくりした。
もしかしたら、もっと手前で出会っていた可能性もあるわけだ。
出会ってはいないが、天候のことなどで共通経験もあり、話がはずんだ。

そしてもう一つ、以前別のお遍路さんから、
靴のインソールが合わなくて足を痛めていた若い遍路がいるという話を耳にしていたのだが、
それがイタルさんのことだった。
頭のなかでジグソーパズルがはまった音がした。

ペースが速い人、遅い人、順打ちの人、逆打ちの人、色々いて、それぞれが別々に会話をする。
でも、それが回り回って情報伝達していく。共有される。
夕方すれ違った27歳の人のこともそうだ。

昔、旅人は情報を運ぶ人でもあったという。
なんとなくそれが肌感覚で分かったような気がした。


1日未来を歩く遍路とは、あまり会うことは無い。
でも、気づかないところできっと接点はあって、いつかどこかで縁がある。
各人は孤独だけど、同じ経験を共有しているかもいしれない。


そんなことをイタルさんと話しながら、通夜堂での夜は更けていった。
雨音が屋根を叩き始めた。
明日は雨らしい。

13日目


煩悩遍路12日目「塞翁が馬」―修行の道場―

なんとか雨は止んだ。

気づけば高知県に入って5日が経とうとしていた。夕方には高知市街に着く。
今夜はシロさんの自宅に泊めさせてもらうことになっていた。
それを楽しみに、本当に楽しみにして、歩く。歩く。
なんと単純な生き物である。

さすがに洗濯をさせてもらうのは悪いだろう(歩き遍路は汗ばんでかなり臭いのである)と思い、
たまたま見つけた香南市のコインランドリーへ。

朝から歩いてまだ1時間くらいしか経っていないけど、休憩。
まあいいだろう。



洗濯と乾燥が終わるのを待ちながら、ぼくは今回のお遍路をいつ区切ろうかと考えていた。
お遍路を再開してからまだ1週間経っていないが、足は痛いし、雨も多くなりそうだし。

区切るときに重要なのは、その中断地のアクセスだ。
ぼくの場合は大阪経由で四国入りするので、
大阪からバスや電車で来やすい(再開しやすい)場所が理想である。

その点、眼前には都会・高知市が迫っていて、もちろん好アクセス地である。
そして、ここを過ぎると、次はまたアクセスが著しく悪い地域がしばらく続く。

今夜、シロさんと会ってから決めようと思った。
高知市内を観光に連れてってあげるよと言ってくれていたので、あるいは数日高知に留まることになるかもしれない。



そんなこんなで小一時間経ち、衣類がさっぱりきれいになったところで、歩き再開。
そこから1時間半ほど歩き、28番札所大日寺に到着。
昨日の早朝の神峯寺から24時間以上ぶりのお寺だ。
ここからはしばらくまた、お寺の間隔が狭くなる。

…とそこに、ヤマさんが追いついてきた。

お お お!

なんということだろう。
コインランドリーで時間を潰したおかげで、ペースがまた同じになったのだ。
今日は、ともに喋りながら歩ける人がいる。昨日のように一人ぼっちじゃない。
ただそれだけのことなのに、無性に嬉しかった。

お参りと納経をすませ、2人で休んでいると、さらにリクくんが追いついてきた。

お お お お!

今日は良い日になりそうだ。



ふと携帯を見ると、不在着信があった。
バッテリー残量節約のため、普段は電波OFFにしているから気づかなかったのだ。
ん?シロさんからだ・・・。


なんと、シロさんの身内に不幸があったそうで、今夜は泊めてあげられなくなった、とのこと。
ショックだった。
人が亡くなるって、そんなこと、こんなピッタリのタイミングで、ありうるのか???

一気に気持ちを突き落とされた気分だった。
ぼくがシロさんちに泊まれるということでふしだらなことを考えていたとでもいうのか?
それに対する戒めとして弘法大師さんが謀ったのか?
それにしても人が死ぬっていくらなんでも出来過ぎやろ…

まあもうしゃあない、シロさんとはタイミング合わせて会いましょうということになった。

それよりも問題なのは今夜の宿である。高知市内のような都会では野宿はしにくい。
以前四国旅をしたときにお世話になったゲストハウスに、ダメ元で電話してみた。
すると、奇跡的に部屋が空いていた!

とりあえずは一安心。
まあ、ひさびさにあのゲストハウスに行ける事になったということで、それなりに楽しみではある。
それにしても、急な展開だな。



そこからはヤマさんと2人で歩きはじめた。
相変わらずヤマさんは体力がまだそんなに出来上がってないようで、
ゆったりペースで休み休み進む。
僕としても足に負担をあまりかけずに済むのでありがたい。
なにより、話し相手がいるのは、本当に良い。

リクくんは早歩き&長めの休憩、という変わったペースで歩いていたので、
彼とは抜きつ抜かれつ、だった。

ヤマさんとリクくんは昨日どのくらい接点をもったんだろう?
特に聞きはしなかったけど、顔見知り程度にはなっていた感じではあった。



昼過ぎに、29番札所国分寺へ。
その門前にお遍路用具店があった。

前から気にしていたこと。菅笠を買うかどうか、だ。
白衣と金剛杖は持ってる。

その場で散々悩んだけど、結局買わず、ヤマさんに笑われながらそのまま進んだ。



…ふと地面を見ると、四葉のクローバーがあった。

四葉のクローバー…
シロさんが、スペインのサンティアゴ巡礼で惚れられた若い女性からもらいそうになったという
四葉のクローバー。

そのシロさんにもらった帽子をぼくは今かぶっている。
そのシロさんと、今夜は会えなくなった。

きっと弘法大師さんからのメッセージだ。
シロさんという煩悩から己を解きなさい、と。

ぼくは決心した。菅笠を買おう。



ヤマさんとはどっちみちペースが違うから別々に歩こうと言っていたので、
ここで一旦お別れし、ぼくはちょっと戻ってお遍路用具店に行った。

はじめてかぶる菅笠。
お遍路の3種の神器が、これで揃った。

シロさんからもらった帽子をリュックの奥にしまいこむ。
それは彼との決別を意味していた。

そして、高知より先へ進もうと決めた。



そこからはサクサクと歩いて、ヤマさんを抜かす。
「菅笠、買いましたよ(笑)」

そしてついに高知市内へ…。

夕方、30番善楽寺に到着した。
少し遅れてリクくんもついた。
「菅笠買ったんですね~」

彼も今夜は高知駅近くの別のゲストハウスに泊まるようだ。
昨晩泊まったという善根宿のオーナーから勧められた宿らしい。

そこへ向かうべく、彼は土佐一宮駅へと向かっていった。



ぼくも、そこから30~40分かけて歩き、予約したゲストハウスへ。

3年ぶりの宿泊。オーナーはぼくのことを覚えていてくれていた!
「まさかお遍路としてまた来るとは思わなかった~(笑)」
ってそりゃそうだよね。

夜は、これまた前回来た時にも行った居酒屋へ。
カツオのたたき、名物の巨大卵焼き、そして生ビール。

高知まで歩いて来たんだ。カツオを見ると、生々しい実感が襲ってきた。
そしてひさびさのお酒。疲れきった身体に染み込む。
なんだか、幸せで、泣けてくるようだ。

お店の人と、お遍路で歩いてるんですよ~と話していたら、
お勘定のあとにバナナをお接待してくれた。
心があったまる。

宿に帰ってからも、オーナーやヘルパーさん、他の旅人と遅くまで喋っていた。
昨夜とはまったく違う、人との交流のひととき。
明るい部屋のなかで、雨に濡れず、人と喋れるということが、奇跡のように思えた。
3日ぶりのシャワーの幸せ。お布団の幸せ。



朝のコインランドリーでの時間つぶしのおかげで、ヤマさん、リクくんとペースが合った。
シロさんの身内の不幸のおかげで、菅笠を買えた。このゲストハウスに再訪できた。

人生万事塞翁が馬。
お遍路には色んな濃いことが起きる。でも、一喜一憂せずに受け入れて、流されていけばいい。

偶然とは思えないことも沢山起こる。
すべて弘法大師さんの計らいか…。

わはは、酔いがかなりまわってきたようです。
今夜はこのへんで寝ますね。明日は早朝6時前には出発すると思うので、そっと出ていきますわ。
オーナーさん今日は急な予約でしたが、ありがとうございました。またいつか来ますね。

では、おやすみなさい。

12日目


煩悩遍路11日目「雨」―修行の道場―

11日目


早朝、シロさんとは別れ、ぼくは単独、27番札所神峯寺へと向かった。
時刻はまだAM6時過ぎだ。急な山道には人っ子一人いない。

暗い道を一人で歩いている。昨日までの天気から一転、今日は薄曇りだった。
連日の長距離歩行で、朝から脚も肩も痛みが走る。



シロさんのことを考えていた。
彼は、良い人だ。
でも、悪い人だ。

良い人、悪い人って、なんなんだろう。
人間は色んな側面を持って生きている。簡潔に「○○な人」と表現なんかできないんだよなぁ。

ぼくも、良い人であり悪い人である。
明るい人であり暗い人である。
健康で病気である。

人って何なんだろう。

結論の出ない問答をひたすら脳内で反芻し、
山の上のお寺に着く頃にはすっかり消耗しきっていた。



朝一番でのお参り。
と、そこに車遍路の老夫婦がやってきた。

沈み込んだ心を、おばちゃんの笑顔が癒してくれた。
助かった、と思った。

その夫婦は、今回で4回目のお遍路らしい。

「友達からはどうしてそんな何回も同じことをするの?と聞かれるけど、
何回もしたくなる不思議さがお遍路にはあるわよ」

「あなたも、八十八ヶ所一周まわったら、違う自分に会えますよ」



同じ道を引き返し、下山する。
途中、昨日のヤマさん、一昨日のリクくんとすれ違った。
今日はあの2人が一緒に歩くことになるのだろうか。

どちらにせよ、彼らに追いつかれることはないだろうな、と思った。



お遍路ではじめての本格的な雨が振り始めた。
レインウェアを来て蒸し蒸し感じながら海岸沿いの単調な自転車専用道路を歩く。

まっすぐで、海ばかりで、街からも離れていた。

この日、ぼくはほぼ誰とも喋らず10時間を歩いた。
暗い空を見上げ、雨粒が顔に当たる。
繰り返し、繰り返し、悩んでいた。
良い人、悪い人ってなんだろう・・・。

お遍路に来て、却って煩悩が増えてしまったようだ。

結局、室戸岬でのお兄さんが言っていた通り、人と比べるから悩みが増えるのだ。
人は人、自分は自分。
人と比べて、自分の出来なさに嘆いたところで何になろうか。
ましてや、シロさんは40ちかく歳が離れているというのに。



脳みそはもっと本質的な問答へと堕ちていっていた。

本当に好きなものって何だ?
ぼくはアウトドアが好きだ、お遍路が興味ある、歩くのが楽しい。
…と、思っていたはずだ。

でも、この雨、この悲しみ、この孤独、この単調さ…

好きなものって、好きだと思い込んでいる、或いは思い込まされているだけなのではないか?
それをして、人から褒められるのが嬉しいだけなのではないか?
褒められるために好きだと思い込んでいるのではないか…?



止まない雨、誰とも会わず、車には水をはねられる。
安芸の土地特有の、黒い砂浜。
その日、色という存在を感じられなくなっていた。
モノクロな世界だった。

「バカヤロー!」

つまんない漫画みたいに、ぼくは海に向かって叫んだ。
ぼくの叫びは誰にも聞かれることなく、雨と波に飲み込まれた。
視界の及ぶところ、前後左右、すべてに人がいなかったから恥ずかしくなんかないぞ。



この日の夜は、道の駅Yの端の端の軒下。
テントに潜り込む。
聞こえるのは雨の音か、波の音か。

ウォークマンのイヤホンを耳にさし、
さみしさを紛らわせた。

ひとりテントの中で、一日分の悲しい自慰をした。



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