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新サイト&ブログを公開しました

お久しぶりです。

長らくお待たせしました。新サイトができました。
前回の記事で「自分の趣味の旅要素をうまく抜き出した新しいアカウントおよびプラットフォームを整えたい」と書きましたが、それがようやく…なんとかできましたァ!

親サイト:https://shisokuengine.web.fc2.com/
ブログ:http://shisokuengine.blog.fc2.com

このサイトおよびブログは、「旅と絵のサイト」と呼んでいる通り、自分の旅のことと描いている風景画&漫画を掲載してます。

ブログは、『Fと虹ともうひとつ』にのせていた四国遍路の記事のみを移行して再編集してます。ひとつ番外篇の記事を追加してるので、よかったら読んでみてください。この春に歩いた2巡目のお遍路の内容も順次アップしてく予定ですのでお楽しみに☆
なおしばらくしたら『Fと~』の元記事は消去したいと思います。

風景画と漫画については、『Fと~』の読者さん方には直接は馴染みのない内容だと思うので、併せてみていただけると嬉しいです!
…って、やはり素人技術で作ったWEBサイトだからか、なんか…ページ読み込みが遅いんですよね(汗)あとこのご時世でありがならスマホ対応していない(レスポンシブデザインというやつにしてない)ので、スマホからめちゃくちゃ見にくいです。すみません。そのうち対応するかもしれませんけど、ちょっとHTMLに疲れたので期待しないでください(笑)

新サイトではアカウント名を変えていはいますが、中の人は変わらないんで、ぜひとも、またコメント等いただけると嬉しいです!
それではみなさん、このブログでは、さようなら!


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お遍路2巡目とかもろもろ

お遍路2巡目、区切り打ち行ってきました。
今回は1巡目と同じく、徳島分の1~23番札所まで。道中色々な出会いがあり、やはりお遍路は面白いなぁ楽しいなぁと思い返してます。1巡目が深刻な感じで回っていたのとは逆に、今回はわりと純粋に旅を楽しめたなという印象もあります。もちろん自問自答も多かったけど。

2巡目の区切り2回目は予定通りGWに行ってきます!今回は室戸岬を超えてたぶん須崎あたりまでかなぁ。天気が良いといいのですが。

2巡目の旅日記も勿論書く予定なのですが、その形を検討中でして…。
というのも、このブログからお遍路日記の部分だけを抜き出して別のブログにしようかなと考えてます。その大元となる簡単なポータル的なWEBサイトも作って、いま書いているお遍路マンガや、趣味の風景画とかも併せて載せる、と。まあ要するに、自分の趣味の旅要素をうまく抜き出した新しいアカウントおよびプラットフォームを整えたいなということなんです。旅先で出会った人に自己紹介するとき用のポートフォリオ的な意味合いもあります。

正直、ゲイ関連の記事もとくべつに何か更新したいネタがあるわけでもないし。書いたとしてもなんだか暗い自問自答系の記事ばかりで(笑) もはや最近は読み返してもないけど、ゲイとしての半生振り返り記事を載せる場、という意義もありがたいことにもう不要になってると自分では思ってます。

というわけで、まだ確定ではないですが、おそらくこのブログ自体は更新停止にします。お遍路記事のみ独立させて、その新しいブログでは主に旅関連のことを書いていこうかなと。まあそちらもお遍路以外にネタがあんまりなさそうなので更新頻度を上げようとは思ってませんけどね~。

そのへんの移行&作成には時間がかかるので、お遍路2巡目の旅日記の更新はしばらくお待ちください(^^)/

ではでは。


追伸:
感想メールをくださった方、ありがとうございました!お返事しようと思ったらなぜかメール送れなかったので、こちらに書いておきます^^。またどうぞ御贔屓に、よろしく。


父親を追っている

男性が好きというよりも、父親を追い求めているのかもしれないなと、最近思う。


自分はゲイ界隈では「フケ専」と自称している。老けた人、といっても中年~60代くらいだけど、年上の人が好きである。同年代の人にはあまり興味が向かないので、ゲイトークでありがちな一方通行の超悲しい学園ロマンス体験談はもっぱら先生相手の話に終始する。同年代で好きになる人もたいてい老け顔とか精神的に大人な人である。

でも、単純に年上がタイプだ、というよりも、そこに「父親」を投影しているんじゃなかろうか、と思うようになってきた。


職場にいる父性溢れる上司のことをストーカー気味についつい視姦してしまうし、鋭意執筆中の漫画に登場するおじさんキャラを興奮気味に描いては自分で抜いているし(ウソ)、素敵なおじさん5人がわちゃわちゃするドラマ某プレーヤーズもガン見していたし、光石研さんは本当にかわいくて作中で来ていたボーダーのセーターと白ワイシャツを来冬は買うつもりである。なんか無印とかにありそうなシンプルさだけど店頭には無かった。ドラマの製作者は登場人物の服装一覧とメーカーを開示していただきたい。


でですね、好きになるタイプの男性に共通するのは、その包容力や父性、やさしさ、知識、などなどが挙げられる。そしてこれはまんま実父にリンクしているのである。

自分の父親は人間が出来ていて(出来すぎているようにも思う)、他人の悪口はほぼ聞いたことがないし、降りかかる災難は受け入れるし、感情的に落ち着いているし、思考力や知識も豊富だ。すぐに話を一般論化するのが玉にキズだが、そういう話は自分は寧ろ好きだし、そうした思考ができる人を尊敬するし、おそらくそれもまた、父親を求めているのだろう。


いまの自分がやっていること、なりたいと思う人間像の多くの部分を、実父の人間像が占めている。恐ろしいほどに影響力が大きい。きっと理想形になってしまっている。

そしてまた、その姿を他人の大人の男性にも無意識に求めてしまっている。

最近年上の大人に対してイライラすることがあるなぁと気づいて、何にイライラしているのか考えた。大人のくせに他人の悪口ばかり言う、大人のくせにコンビニで買った揚げ物やスナックを食べる、大人のくせに読書をしようとしない、大人のくせに酒で荒れる。
実父だったらやらないことをやっている大人に対して何故か怒っているのである。このことを友人に話すと「他人はお父さんじゃないよ(笑)」とたしなめられた。

そういう状況下にあって、ある程度実父度を満たしている大人に対しては、好きという感情を抱くようだ。


どこかで父親を求めている。自立した大人になった自分だけど、それでも何か抱きしめられたい、包み込まれたい欲望。肉体的に、あるいは精神的に自分より大きな何かを求める。被支配欲。幼児退行的感情。
そう考えたとき、自分ははたして「男が好き」なのだろうかと疑問に思う。「父性が好き」の方が的確な表現なのではないか。妥協の結果として男が好きになっているだけなのではないか。


なぜ世の男性に父親を投影してしまうのか、その理由を考えるというのは野暮なことではあるが、少しだけ。

父親に足りなかったものを探すならば、イケメンじゃないこと(失礼)や、いわゆる男性性が弱いことだろうか。男性性が弱いというのは、いわゆる男性中心の仕組みや競争社会、根性、力、といったものが無い、あるいは苦手である、ということである。そしてそれは自分にもそのまま受け継がれている、って精神科の臨床心理士が言ってた。
その反動として、いかつくて男らしさ溢れる野球部の監督なんかも好きになるわけですね、はい。

ただ、前述したとおり、父親は温厚なので幼少期に父にかわいがってもらえなくてその結果父性をいまだ求めている、というようなことはない。ではかわいがってもらいすぎてそれに未だに依存したいと思ってるかというと、別にそうでもなくて、わりと突っぱねられて育てられたフシもある。

だから結局父性を未だになぜ求めているか、というのはよく分からない。
末っ子だからかな。


そういえば、小さいころ寝る前に父の上に乗っかってキスしまくっていた。よく考えるとあれはディープキスだったのであって、当時すごく迷惑がっていた父もその後息子がゲイだと知った時にあのことを思い出してたもかもしれないな、としみじみ思った。



恋と憧れ

ノンケって、男性に対してどのような感情を持つんだろう。

スポーツ選手や俳優にはかっこいいと思うだろうし、博識な人にはすごいなぁと思うだろう。いわゆる「憧れ」という感情だけど、その憧れっつーのは、いったいどこまでの感情なのか。僕はノンケじゃないからわからない。

ゲイも勿論男性に対して広く憧れの気持ちは抱く。でも、その憧れと恋の感情が交じり合って絡み合って…どこまでが憧れなのか、どこからが恋心なのか、分からなくなること、当事者ならあるんじゃないかな。

僕は、このブログの記事で(ずいぶん昔の記事になってしまった)、大学生3回生になるまで恋愛感情のことを憧れだと勘違いしていた。そのせいでゲイ自認がかなり遅れてしまったのだけど、まあいい、そのくらい憧れと恋心とは曖昧になり得るという例。


恋について考えてみる。

ゲイにとっての男性、つまりノンケにとっての女性は、どういう存在なのか。どういう対象なのか。女性にも憧れはもちろん抱くだろう。でもその憧れの延長線上に恋愛感情があるかというとちょっと違うんじゃないかと思う。憧れの気持ちは、結婚したり付き合ったりしてからの、相手に対する尊敬の気持ちや思いやりとしては存在するだろうけど、それは恋による胸の高まりとは直結はしないんじゃないか。

ゲイの場合は、憧れの人の髪型、体型に近づけることができるし、同じ服を着ることもできる。


一般論より僕の話をしたほうがいい。
僕は、正直憧れと恋がめちゃくちゃ交じり合っていると自覚している。年上好きというのがその最たるものだ。
あんな渋い大人になりたい。博識になりたい。やさしくなりたい。かっこいい服を着こなしたい。世界を知りたい…

そういうもの、自分が持っていないものを持っている、大人らしい大人に対して、僕は憧れるし、恋をする。これまで好きになったひとは、ノンケ・ゲイを問わずみんなそんな人たちだ。


いや、何が気になるかというと、ノンケが男性に憧れた場合、その感情はどうなっていくのかということ。恋はしないだろう。なにか冷静に、客観的にその人のすごさだけを見れるんだろうか。

憧れと恋、正直いって、分離したい。あの人はすごい、ああいうふうになりたいと思うことはよくあるけど、それが論理的ではなく単に恋してるだけだとしたら、それは単なる盲目である。


男女ほど近づけないわけじゃないのもまた、メリットでありデメリットでもある。男同士なら憧れ=恋の人と友達感覚で過ごすことができるし、二人きりで飲みにいくこともできる。でも、結局近づけば近づくほどに、心の奥底では繋がれていないむなしさが積み上がってゆく。

憧れの人について語っているとき、ふと周囲との温度差を感じることがある。きっと、彼らはなぜ僕がそこまでアツくなっているだと、言わないにしろ感じ取っているだろう。そして僕もまた、一人空回りしている自分がなさけなくなる。

でもしょうがないのだ。これは恋なんだから。


男と男、男と女。ゲイノンケ関係なく恋することって同じだよ☆と啓蒙ポスターは教えてくれた。けど、たぶん、それは同じじゃない。


自分にないものを持つ者、これからもきっとそういう人を好きになり、憧れ、また好きになっていくんだろうな。


しぐさ

しぐさ
使ったもの:鉛筆、Photoshop Elements

いわゆる萌えシチュというのはジャンル問わずあるわけですが、
背広が好きな自分としてはやはりジャケットを脱いだりはおったりするしぐさは
とっても好きですわー。

ネクタイはピンで止める派なんですが、
この場合だけは、ピン無しでぶらぶらしてるネクタイがいいなと思います。


この前、冬のコミケで、知り合いの絵描きさんから、
君の描く中年男性の哀愁のある絵の力がすごいから、不倫もののエロ漫画描いたら
絶対似合うし売れるよって評価されました。

うれしいようなうれしくないようなw

新年も頑張ってまいりましょう。今年もよろしくお願いします。


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