「多様性の尊重」に疲れきったこの世界で

先日、アメリカ次期大統領選にドナルド・トランプ氏が当籤した。
彼は選挙演説で、多くの「ヘイト・クライム」を発信した。

アメリカとメキシコとの間に大きな壁を作る
アメリカ在住の違法移民を強制送還する
イスラム教徒の入国を禁止する――

もちろん、彼自身が本当に当籤するとは思ってなかったという噂があるように、
これらの極端な発言はパフォーマンスの一部だった可能性もあるし、
現実的に、政策として実行可能かどうかは…難しいだろう。

それでも、彼はあのように発言し、当籤した。

単純多数決的な意味で言うと
全体の得票数は対抗馬のヒラリー・クリントン氏の方が多かったそうだが、
そういった事実をも凌駕してしまう程度には票を得たということには変わりない。
(選挙制度については詳しくないので置いとく。)

アメリカ国民の少なからぬ数の人間が、トランプ氏を選んだのだ。
少なからぬ人間が、壁を求め、移民を邪魔者扱いし、イスラム教徒を嫌った――

選挙後、アメリカの各地でヘイト・クライムが公然と行われるようになってきているという。
ちらちらネットで見かけた情報をたどるだけでもかなりキツイ感じである。
Make America white again
Go back to Asia ――

大統領選の前後で一般市民の意識が急変したと考えるのは間違いだろう。
おそらく、前々からずっと思ってたけど言えなかったことが、
大統領という国のトップが言ったことにより、言いやすくなっただけのことである。

世界レベルで経済が衰退し、貧困層は増え続ける。
きっと個人レベルでの不平不満が溜まりに溜まっているのだろう。

こうした状況下、その不満の矛先を移民や国外に向けさせる政策をとるのは歴史の必然である。
Make America Great Again  ――

この言葉に希望を抱いた、抱かざるを得なかった国民が一定数いるということ。
日頃の鬱憤を大声で言ってくれるトップを求めているということ。





さて、現代の特にここ最近では、多様性の確保や尊重が高く叫ばれるようになった。
古くは女性参政権、黒人差別の解消、
障害者も不自由なく暮らせるバリアフリーやユニバーサルデザインの推進、
パラリンピックの開催、オリンピックに偏らない報道への変化、
差別用語の禁止。ビジネスマンからビジネスパーソンへ。
LGBTへの偏見の解消、同性婚の制定。

元来、人類は平等である。
文化と社会、無知が差別と偏見を作ってきた。
これからの時代はそれらと決別し、多様性を認め、手を取り合って行きていこう。

多様性の推進、それは一見、生きやすい世界作りのように思える。
しかし、その内実は、どんな発言をも差別、偏見だと捉えられてしまう窮屈な世界である。


日本でセクハラという言葉が普及してから会社で気軽な発言しにくくなったと
世の男性会社員たちが呟いてから久しい。

特にSNS全盛の今では、ちょっとした発言がすぐに炎上し、
その人の専門スキル関係なく人間性が問われ、表舞台から姿を消す。

多様性という飴の背後には鞭がある。
みんな気を遣い、刺激しない発言のみをする。
表現がどんどんしぼんでいく。


一方で経済は悪い。
日本では不景気になってからもう20数年経ち、一向に良くなる兆しは見えない。
むしろ、僕ら「ゆとり世代」と括られる平成世代は、そもそも成長する経済なんて知らない。

拡大する貧困層。格差。
ネットに逃避しても、些細な、ローカルな発言でさえワールドワイドに広がってしまう
ギスギスした社会。
それでも人は、良い人の仮面をかぶって、生きていく。

インバウンド効果で経済回復に期待!どんどん外国人に来てもらおう。
愛に性別なんて関係ない!弊社はLGBTフレンドリーな制度を作ります――





人間の言動の根源ってなんだろう、と考えたことがある。
本を読んだり、人から聞いたりした所、次のような結論に落ち着いた。
好きか、嫌いか、である。
生理的に受け付けるかどうかである。
「男同士がキスなんて寒気がする」
「バリキャリの女性は苦手」
「黒人と同じプールには入りたくない」

それは瞬間的に脳みそに生じる感情であり、制御は難しい。
制御して、ぐっとこらえてからのち、「社会的に正しい」ことを言うことが求められる。

でも、こらえたその感情はガス抜きされず蓄積される。
多くの人が、気持ち悪いものは気持ち悪いと、何事にも縛られずに言いたいのである。


社会的拘束力の強いものと弱いものがある。

例えば、日本では部落差別や同和差別の解消の歴史は割りと長いので、
ヘイトを言った方がワリを喰うという意味で、縛りはキツい方だと思う。
(もちろんすべての土地で差別が解消してはいないが)

一方で、LGBT関係はまだまだ歴史も浅いし、生理的感情に直接引っかかりやすいテーマなので
縛りはまだまだ弱い。
要するに「おまえホモか」と言って、発言者が罰せられる可能性は低いということ。
(そもそも被発言者が泣き寝入りをするパターンが多い)

中間的な所でいくと女性差別だろうか。
女性の社会進出推進と言いつつ、育児との両立はどうするんだとか、
イクメンという言葉が逆にマイナスの効果を発揮し始めてたりとか、
3歳神話とか、日本死ねとか、
かなり世界レベルからして遅れをとっている感はある。

まあいい。要するにヘイト感情を発言するのにはそういった縛りの強弱があるということだ。

だいたいの人は、縛りの弱いものを対象にしてガス抜きをする。
ガイジ、ホモォ…。
他人を見下し、マウントをとることで、必死で生きているのかもしれない。



多様性が推し進められた社会では、このガス抜きの手段が狭められていく。
ちょっとした発言が「ヘイト」となる。

経済的にもうまくいかず、あらゆることへの生理的感情さえガス抜きが許されない。
閉塞感は世界的に広がっているように思う。

そうした世界に登場する、ナショナリズム的思想と煽動者。
「日本を取り戻す」
「EU離脱」
「偉大なるアメリカ」

たまたまその国がそうした状況になっているのではない。
この閉塞感をなんか打破してくれそうな政権、人、政策。
普段思ってるけど言えないことを表舞台で言ってくれる人。
そうしたものを求める人が、無視できない人数で増えてきているということだ。

トップがヘイトを言ってくれるのは、下々の者にとっては大変ありがたい。
何を言っても、「だって上の人も言ってるじゃん」「みんな思ってるんでしょ?」と
開きなおれるからだ。

一定層が多様性の推進をすすめるほど、
生理的に受け付けない人の我慢は限界に達し、極端な世界がやってくる。
二極化社会はもう生まれている。



最後に…

ぼくらゲイに関する社会的言いづらさの縛りは弱い。
普段の何気ない会話の中にもジャブのようにアンチホモの話題が差し込まれてくる。
とてもじゃないが、職場や友人にカミングアウトできる状況ではない。

それでも昔よりは良くなってるとは思うが、今より更に良い状況になるとはなかなか考えられない。
現実に、同性婚が合法化されているアメリカで、
既に個人レベルで毒のあるガス抜きが始まっている。
「ゲイファミリーは地獄に落ちろ」と。

日本でもつい最近、別の問題と合わさってのことだが、
「絶対知られたくないセクシャリティな部分もクローズアップされてしまい…」と
なかなかに辛い内容の報道があったばかりだ。

人類はこれからどういう道を選ぶのだろうか、
もう破滅への引き金はひかれてしまっているのだろうか。

それとも、これは必然の流れなのだろうか。




「多様性の尊重」に疲れきったこの世界で。



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大丈夫?ちんこ揉む?

タイトル狂っててすみません()


9月から鬱のリハビリ施設に通いだしました。
2,3ヶ月後の復職に向けて規則正しい生活と、毎日の会話を楽しんでます。

施設に通う人の年齢層は様々なんですが、
中年のおじさんも多く、地方都市ってこともあってだいたい結婚してます。
なので、施設での何気ない会話でも「子供がグズって大変」とか「怪我した」とか
そういう話題が多いです。

そんな環境下にいるせいか、
最近、ぼく自身、漠然とではありますが「結婚」について考えることが増えました。


女性と結婚して、子供つくって、家庭をもちたい。


それについてTwitterでぶちまけたら思いの外反響がありましたので、
それを踏まえたうえで、備忘録的な意味付けでこの記事を作っとくことにしました。


将来のことを考える際、ゲイの場合はどうしてもずっとひとり(或いはパートナーと)で
暮らすことになります。
養子を迎えて夫夫で育てるというのも今の日本では現実的に難しい。

生涯独身というのは、気楽さという点では大いに結構なんですが、
やはり自分の血を引く、或いは自分の志(大げさ)を継ぐ存在がいて
彼ら彼女らのために生きていきたいという気持ちも、あるんですよね。


で、ここで問題になるのは、
①そもそもテメェ結婚できるような相手いるんか?
②子育てに向いてるんか?
③女と子作りできるんか?
④奥さんにゲイのことは言うんか?
⑤男同士の営みは継続すんのか?
のあたりでしょうか。


①②はノンケ男性においても言えることなので、まぁ一般化して語るのはやめておきます。
子育ては向いてない気がするけど…。
(姪にせがまれて塗り絵してあげたらガチの技法で塗ってしまって引かれた)

③から考えるにあたって、「既婚ゲイ」の方々のブログやらなんやらを
色々と漁って読んでみました。結構ググるとヒットします。
やはり当事者は悩んだりしてるみたいですね。


③は、問題なくヤれたって人と、目をつぶって男とヤッてると想像して頑張った人と、
結婚後にゲイ自覚した人(つまりその時は問題なくヤれた)、あたりが多かったです。
ぼくは、女性とヤッたことないのでなんとも言えないんですが、
ノンケもののAVとかみて女性の喘ぎ声聞くと萎えるので、期待はできそうにないかなぁと。

ただ、継続的に可能かというと、ちと厳しいきがします。
でも、そこはノンケ夫婦でも「セックスレス」という問題でよく取り沙汰されてるので
ゲイであろうとノンケであろうと関係のないところなのかもしれません。


④は、理解ある女性を探すしかないかなぁと思ってます。
ぼくは演技力が無いのと馬鹿正直な人間なので、
嘘をつく、或いは大事なことを言わないまま人と密な関係を築くのは
長い目で見るとできません。
(ぼくはゲイというセクシュアリティは大事なものだと思っています)

ビアンと所謂偽装結婚(友情結婚)する手もありますが、
その場合であっても、お互いプラトニックな愛を持ちあえるような間柄でなければ
結婚生活は難しいでしょうね。
幸い、自分の場合は過去を振り返ってみると女性と「友達として」仲良くやっていけた
例がいくつかあるので、ここはなんとかなりそうかなぁと勝手に思ってます。


⑤はかなりセンシティブな話題ですよね。
人にもよるとは言え、性的欲求の満足は生きてく上で結構大事だとぼくは実感してます。
でも、性的指向の向かない女性という存在とパートナーとなる場合、
浮気をして男で発散するしか道はないです。
実践してる既婚ゲイの方もいます。

予め、性的なことは各々別の人と発散すると納得したうえで
結婚できるような相手を見つけることになるでしょう。

ただ、あくまで浮気は身体だけの関係にとどめておくこと、
そして、奥さんとのスキンシップ(エッチまではいかなくても)は必ず継続すること、
基本として家族への愛は大事にすること、
このへんは肝心なポイントかなぁと思います。
スキンシップ、大事です。


とまあ、淡々と当たり前のことを書き出してみました。


ここからはぐだぐだ書いていきます。


ゲイである自分が結婚したいけど出来そうになくて悩む、
その根源には何があるのか?

・性欲の発散の行為
・子作り

この2点は、ノンケ夫妻であれば、はじめは同じベクトルを向く行為であるはずです。
しかし、ゲイの場合はまったく違う。
だから、そこでまず躓くんでしょうね。

ただし、数年経ってみたらどうでしょう。

妊娠したり子育てをしたり、お互い歳とってきたり。
セックスレスになる夫婦も少なくないのが現実です。
事実、熟年離婚やら熟年不倫、熟年中絶など、けっこうな社会問題になってるみたいです。

そう考えれば、上記2点は、ノンケ夫妻であれば全ての夫婦がずっと同じベクトルを向ける
わけではない、ということです。

その局面において、ゲイであろうとノンケであろうと、同じ状況になるんじゃないでしょうか。

逆に、ゲイであれば、性欲の発散の対象が男である以上、妊娠には発展しないし
法的にも問題ない(のかな?)ので、少しはマシなのかもしれません。
恋と愛(家庭)とを明確に切り分けやすい印象はあります。

倫理的に問題と感じるのはノンケと変わらないと思いますが…。

そして更に言うと、ゲイ同士のカップルであっても、浮気問題はあります。
ゲイ同士の場合だと法的に婚姻関係が無いわけなので気軽に浮気ができるんですね。


何が言いたいかというと、
ノンケ夫婦であっても、
ゲイと女性の夫婦であっても、
ゲイカップルであっても、
何年か経てば、浮気する人はするし、しない人はしない。
だから、自分が結婚してよいのだろうか?と悩むにあたって
浮気に関することは特別に考慮に入れる必要はそんなに無いんじゃないか、ってことです。

犯罪にされならなければ、恋の形は自由なはず。
そして、2人の関係も、こうあるべきという形は無く、三者三様。

うまくやっていけるような相手と巡り会えたら、その時に考える、くらいの
ゆったりとした心構えでもいいのかなぁと、色んな人の意見を聞いて、思いました。

勿論、結婚というのは相手の人生、親戚関係などの全てをお互いに背負うという
とても重大なことなので、生半可な気持ちで結婚しようとは思いません。
ただ、ゲイだからといって、即、女性との結婚という選択肢を消してしまうのは
違うんじゃないかな、と考えるようにいまぼくは思ってるわけなんですね。



昔は、そもそもゲイという存在をオープンにできる時代ではなく、
加えて結婚は絶対するものだ、というものだったので、ノンケ・ゲイ問わず
多くの人が結婚していました。

今は、その辺が自由になってきていて、ゲイとして生きる、つまり
ゲイカップルで住んだり、住まないにしても長く付き合う人が増えました(法律上は独身)。
ノンケにおいても、様々な事情で未婚の方は大勢います。

で、逆にここでぼくが「囚われていたなぁ」と思ってることがあります。
今の時代なんだから、ゲイであるのならば結婚はできない、しないもんだ、という
発想です。

別に、ゲイだからといって、女性との結婚を選んでもいいじゃないか、と。
そう思えるようになれば、更に気持ちや人生の選択肢が広がるんじゃないのかなと思うのです。


世界中で、いま、同性間でも結婚、あるいはパートナーになれるように
法整備が進んでいます。
日本でも一部地域の条例で、関係性を証明することができるようになってきています。
同性婚は当分先のことでしょうが、いつの日か、成立する、でしょう(希望的観測)。

その先にある、目指すべき形とは。

ゲイ・ノンケ関係なく、
結婚・未婚(あるいはパートナーという形)を選べる。
さらには、その相手の性別でさえ、選べる。
(不思議な例えをするならば、ノンケであっても同性と結婚してもいい、ということです)

自由とは、選択肢があることだ。

ゲイを自覚することで、ぼく自身、世界を広げることができた。
でも、逆に、それが人生を狭めてしまっている部分もある。

模索しつつ、とはなるだろうし、
結婚しても結局離婚してしまうかもしれない。

でも、はじめからゲイだから結婚は無理と決めつけず、
かといって結婚すべきと押し付けもせず、
柔軟な思考で生きることができたら
それはとっても嬉しいなって。


『弟の夫』第二巻読みました

こんにちは。ちかひらです。


少し前ですが、田亀源五郎さんの漫画『弟の夫』第二巻を購入し、読みました。1月12日発売でしたね。
第一巻のときにすっかりファンになって以来、二巻が出るのを楽しみにしてたんです^^
第一巻はすごく人気だったそうで、重版になったみたいですね!

さて、さっそく第二巻を読んでみて...
いやー第二巻も色々と考えさせられる内容でした。

第一巻では主人公自身がゲイについて否定的というか非寛容な自分に気づく、という内容でしたが、
第二巻では、ご近所さんに話が移っていってますね。
主人公自身は毎日ゲイであるマイクと暮らしているためかゲイについて慣れてきているように思えました。

色んな人が言ってますが、当事者の方はもちろん、沢山のノンケの方にぜひ読んで欲しい漫画やなぁと。
この漫画に描かれているほろ苦い感覚や、孤独感、恐怖は、まさに当事者しか知り得ない内容だと思いますので。
(逆にそこは、この手の漫画を当事者が読む時に辛くなるポイントではあるが...)

あとは、男性キャラの肉体美と緻密さはもはや芸術品の域だなぁと...
模写して勉強しようかな。
田亀源五郎さんの漫画は前から気にはなってたんですが、SM系とかグロ系が多くてどうも手が伸びず...。
そこんとこいくと、この漫画はR-18ですらないのですごく読みやすいなぁと思いました。



そういえばツイッターのフォロワーさんから教えてもらったんですが、
同じくゲイ(こっちは少年)が主人公の『しまなみ誰そ彼』という漫画がオススメだそうです。
学校で”ホモバレ”したかもしれない主人公の物語、試し読みしたんですが最初のページから心えぐられて辛い(笑)
こちらも近々購入しようと思います。



最近、テレビでもよくLGBT特集が組まれますし、こうした読み物も増えてるし、政治でも話題がたまに出るし、
時代が変わっていってる流れを感じますよね。
当事者がおいてけぼりにならないように、ぼくらもちゃんと関心を持っていきまっしょい!











恋人の写真見せてよ

こんばんは、ちかひらです。

ここ数週間はやばかった...仕事関係でちょっと鬱になりかけまで行ってましたね...
でもちょっと吹っ切れたというか、いまは夢のための準備期間だ、と思うことにして、
とりあえずは目の前のことをこなしていきたいと思います。
まだ悩み中ではありますが。


さてさて、昨日職場の別の部署の人達と飲みに行きました。
ぼくはこの職場に来てまだ2ヶ月なので、向こうも色々ぼくのことを知りたいらしく。

でも、共通の話題もそんなにあるわけもなく、例によって「彼女」の話になるわけですよね。
「彼女」がいる、という情報だけはなぜか早く回っているというw
(ああ、ぼくは「恋人」がいる、としか言ってないですよ)


先輩社員さんから、彼女の写真見せてよ~とせがまれました。
ンなん、見せられるわけないだろーが!!!
それに、見てどうするんだよ、と笑 知らない人だよ?

「彼女」のことを根掘り葉掘り聞かれて、男女関係ない部分は真実を浅~く答えていつもはうまく回避してるんですが、
今回はえっらいしつこく聞かれて正直参っちゃいました。

ぼくは演技力がないので、しどろもどろになったり、だんだん整合性が合わなくなってきたり(苦笑)
あー疲れた。



会社の同期にも「彼女」がいるということにはなってるんですが、
顔はおろか、その他の具体的な情報はあまり伝えてません。
そのせいか、同期からは「二次元なんじゃないか」「彼女がいるって設定なだけなんじゃないか」とかいう
憶測もされているようです。

好きなタイプは?とかも聞くとぼくが困った顔をして話をそらすので、
同期の間ではあまり触れないでおこう、ということにもなっているらしく(笑)
まあ、そのへんの配慮はありがたいところではありますが。なんだか同期に嘘ついてるみたいで申し訳ないなぁ。

ホモ同期くんに相談したら、「ちゃんと(彼女いる雰囲気を)滲み出さなきゃー」と言われちゃいました(笑)
いやいや難しいって。


地方勤務ということもあって、やはり結婚するのは社会人の基本、という考えが中心にあります。
お偉いさんにも、次の中期計画にはお前の結婚の予算(なんだそれ)も入れといたからな!と言われ...。
う~む、キビシイ。



正直、各種飲み会で毎回のように「彼女」のことや「結婚」のことを聞かれてうんざりしてるとともに、
ひた隠す、或いは話をそらして愛想笑いをしている自分がいやになってきてます。

先輩社員からは「今度は心を開いて、写真見せてね!」とメールもらったんですが、
ほんと、職場のひとと一枚壁を作って、心を開けない状態である自分がつらい。


なんかもう、色々と終わりにしてしまいたい。
カミングアウトして、受け入れられなかったら僕はここを去る。

とか、そういうマイナス思考ばかりが脳内をぐるんぐるんしてたりしてます。
よくないですねぇ~。


会社の人へのカミングアウトは、一般的にはやめたほうがいいと言われてます。
なんか、分かる気はします。
でも、これからの人生の多くを過ごすであろう場所で、自分を偽装して生きていくのは、
なんだかとても生き方下手な気がするんです。


学生のころ、半オープンにしてたように、近いうちにカミングアウトするかもしれません。


もし実行したら、ぼくにとってある種の分岐点になるのかもしれない。
これからの、ぼくの、未来はどうなるんだろう。


ゲイの世界、ノンケの世界

この連休で、親戚が大勢集まって温泉旅行へ行った。

知らないうちに、従兄弟たちに次々と子供が生まれていた。
わが一族は、空前のベビーブームである。
姉貴はとっくに二人育てているし、
兄貴も結婚して一年になるのでそろそろだろう。

親戚と会うとき、「彼女はできたか?」は決まり文句だ。
彼女どころではない。ぼく以外みんな結婚している。完全に取り残されてしまった。



以前、まだ兄弟や従兄弟たちが独り身だったときと違って、
いまでは各人が子守りに追われ、子供第一で動いているんだなと思った。

子供がグズってもなんとかできる場所で集まろう、
子供のご飯のことがあるからこの時間帯で集まろう、
温泉は交代で入ろう。

もちろん、親世代も孫のことを優先して考え、身を犠牲にして行動する。

私生活でもそうだ。
子供のためのおもちゃや服、安心な食材、各種習い事。
日々の支出や活動の大半を自分じゃなく子供に注ぐ。

それが当たり前の世界。



一方、自分はどうだろう。ゲイはどうだろう。

子供という存在ができない以上、
たとえカップルで同棲したとしても、
ノンケ一般家庭のような、自分以外の者を中心とした生活にはならない。

共有できる時間を大切にしつつ、お互いのプライベートな時間も大切にするような、
あくまで自分主体の生活の延長線だろう。

楽といえば楽。つまらないといえばつまらない。


ふだん、SNSなどでゲイ・コミュニティやオタク・コミュニティ(どちらも独身率高し)を見ていると、
趣味の時間など、自分を主体とした活動時間が多い。

それに慣れきっている自分。
そういう暮らしが理想だと思っている。


そして、親戚の集まりでいつも現実に引き戻される。
世間は、そうではないんだよ、と。




とまあ、暗い話になってきたけど、ぼくはこの話を「子供を作れ」に持って行きたくはない。
ゲイである以上、無理だから。

そうじゃなくて、最近の自分が、あまりにも思考のベクトルが自分に行き過ぎてやしませんかと
自問したいのだ。

人生のうち多くの時間を自分に使える以上、
自分が成長しなければ、自分がいい人生を送らなければいけないという強迫観念に
囚われてしまっている自分がいる。

内向きのベクトルに、わりとしんどくなってきている。

もっと、自分以外の誰かに目を向けて、自分から逃避してみてもいいんじゃないか。


自分の時間を大切に、と叫ばれている時代に逆行しているようだけど、
今の自分には、もう少し自分以外の時間を大切にしたほうがいい時期に思う。

具体的に何をすればよいのかはわからないけど、
ちょっとそうした気持ちだけ頭の片隅において、楽な気持ちで日々をすごしたい。

親戚の集まりにいって、ああ、みんなもやってるやってる、と落ち着いて笑えるように。























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