再考・我がゲイライフ 「優等生という仮面」 ③

こんにちは。

このところイラストを載せてばかりで、「再考・ゲイライフ」のことをほっぽり出してました、すみません!
というわけで前回までの内容を忘れつつあるけど、続きを書いていきます。



ぼくは、大学三回生のときにゲイを自覚した。
きっかけはサークルの友人からの何気ないひとことに端を発するのだが、ここでは省略する。

自覚の瞬間のことは今でも覚えている。

思春期以来の謎、それも時が経つと共に濃くなっていく霧が、一瞬にして晴れた気がした。
ぼくはゲイなんだ!
先輩や先生、男友達に対するあの不思議な感情はいわゆる 「恋」 だったのだ!

一瞬、光がさしていた。

でも、次の瞬間、どよんとした気持ちになった。
この気持ちは、自分の中の「優等生」という存在に起因するのではないだろうか。


ぼくはずうっと、これからの人生、
ふつうの人として、ふつうの会社に入って、ふつうの結婚をして、子育てをして…という
「一般的」とされる道を歩むんだろうなと自分自身で思っていたし、
優等生としてそうあるべきだと決めつけていた。

しかし、ゲイだという事実を知り、その思い描いていたコースを辿れないということに気付いたわけだ。
そもそも結婚できないし。


自分の思い描いていた偏った「優等生」観。
そのコースは完全に無理ですよと迫る事実。

どちらも自分の内部から出てくるモノであるので、自問自答を繰り返すこととなった。
眠れなかったり。


ボロボロになっていた優等生という仮面は完全にぶっ壊れることとなる。



ここで、優等生という仮面とは何だったのか考えてみよう。

小さい頃に少しばかり成績が良かったことで、周りから「優等生」だと認識された。
それが逆転し、自分は優等生なんだからこうあるべき、という変な殻(=仮面)を作ってしまった。

この仮面によって、ゲイ自覚の機会を遅らせることとなったのだけれど、
余計なことを考えずひたすら勉強だけしとけば良いという免罪符でもあったので、勉学の面では大いに役立ったわけだ。
そして、ある程度マジメに生きてく力も養えた。


そう考えると、
僕にとって「優等生という仮面」は たしかに内面を覆い隠してしまうやっかいなモノではあるけれど、
内面が優等生ではないかと言われると決してそんなことはない、と思う。
自分のベースの部分に元々あったマジメさと強くリンクしていたんだろうな。


「優等生」は自分なのか仮面なのか?
答えは両方、ということになりそうだ。

仮面の存在が悪いのではない。
優等生が悪いのではない。
仮面を認識できず、自分はこういうものだと決めつけて、自他ともに苦しめてしまう状況が良くない。


人間なんて流動的なもの。自分の性格も考え方も言動も、時が経てば大いに変わりうる。

仮面は取り替えられる。

僕はゲイ自覚のあと、時間をかけて少しづつ仮面を作り替えてきた。
それに伴って、内面も変わった。
というより、仮面の下で固まってしまっていた皮膚が柔軟性を取り戻した、という表現がふさわしいかもしれない。


固まってたら面白く無い。
柔軟に、人生を楽しもうと、今は思える。

ベースはマジメに、プラスで自由に。



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再考・我がゲイライフ 「優等生という仮面」 ②

こんにちは。ちかひらです。

今回も「優等生という仮面」をテーマに、引き続き書いていきますぞ!
前回は中学~高校を振り返ったので、今回は大学時代について。




高校受験、大学受験と、勉強して良い点数をとるという目標があった中高時代と違い、
大学時代は比較的自由である。そこでは優等生キャラはあまり姿を現さない…

と思いきや、全くといっていいほど僕は優等生キャラであリ続けた。


大学の講義は基本的に自分で時間割を作り、授業に出席するかしないかは各個人に任される。
そんななか、大学一回生前期では月~金まで5,5,5,4,3コマ選択し、99%出席した。
完全に高校までのスタイルが抜け切れていない。

周囲の友達はスルリと大学モードに切り替え、
あの授業つまらないから行かない、とか、面倒くさいから午後から自主休講でいいや~とか言っていた。


そういう状況下で、僕は複雑な心境だった。


せっかくいい大学に来たんだし、勉強するのが大学生の本分だから、ちゃんと勉強すべきだ。
しかし自由な生活をしている友人はそれはそれでうらやましい。
でも僕は優等生だから、マジメだと思われてるから、そんなことはできない!


大学という新しい環境、交友関係においても、いまだ優等生という仮面を引っさげたまま過ごしていた。
そして、誰もそんなこと思ってなかったはずなのに、勝手に自分で自分の首をしめ、
ストイックな生活をしていた。

というのも後々思うことであって、当時は疑問には思わなかった。


この時期を回想するといつも、「優等生」というのは仮面なのか、はたまた中身の自分なのか、わからなくなる。

たしかに優等生キャラというものを背負って自ら息苦しさを作り上げていた。
しかし、授業を受けるのは大好きなのでそういう面では全く苦痛ではなく、むしろ自主休講するほうが苦痛であった…。





そして、大学といえば、いよいよ恋愛が本格化する。

クラスメートの女子と入学すぐに付き合ってすぐ破局した友人もいたし、
落ち着いた関係を作り上げていた先輩もいた。


僕は、すでに出来上がっていた優等生キャラの恩恵か、いわゆる「恋愛話に疎い人」として認識されていた。
野球サークルなどの猥談が多いコミュニティでも、僕はそういう話に加わらないことが多かったし、それで許されていた。

一回生の夏、そのサークルの合宿があった。
遠方へレンタカーで向かい、その先の地元の女子高生の帰宅途中の列をすり抜けた。

なんてことはない光景。
しかしその時車内の同級生や先輩が、女子高生の太ももやらなんやらについてふいに盛り上がった。
その話は突如僕にもふってきた。


不意打ちだ!僕は完全に意識の外で、無防備すぎた。
なんとか話をあわせて返答するのに、タイムラグがあった。


特にそれについて他メンバーから何か言われるようなことはなかったけれど、
僕の心のなかに、何か根本的な、他の男子と違うものがあるという疑問の芽ができた、と思う。


その二年後、はがれかかったボロボロの仮面を無理矢理に顔にあてながら、
このサークルの同級生と後輩の何気ない一言によって、僕はゲイを自覚することになる…。


再考・我がゲイライフ 「優等生という仮面」 ①

こんにちは。
「再考・我がゲイライフ」と題して、自分のゲイ活動や日頃思っていることを整理していくことに決めて一週間。
あんまり整理できてないですが、いつも通り見切り発車でやっちゃおうと思います!


まずはじめに掲げたテーマは「優等生という仮面」。
(”仮面”という言葉は、もちろん三島由紀夫『仮面の告白』を意識してます)

今回の記事では、中学~高校あたりを振り返ってみる。



学生時代、いわゆる優等生キャラとしてぼくは過ごしてきた。
学生服のボタンは外さずホックまで止め、勉学に励んで成績は上位を狙い、学校の規律を(妙に頑なに)守る。
昼休みに職員室に行って質問をしたり、○○委員会の委員長もする…etc.

こういった優等生の意識は、小学校高学年あたりから芽生えてきたように思ってて、
それは、まあそれなりに成績が良かったことからの自然な流れ、かなと。
そして、優等生キャラは決して無理していたわけではなく、これはこれで居心地良かった部分もある。
「型」に自分をはめることで、思考すべき段階を無意識のうちに省くことができるから。



得てして物語では、優等生キャラは恋愛関係について疎い、というのが定番であるが、例に漏れず僕もそうだった。
周りは女の子にどんどん興味を抱くようになり、自慰やらナニやらについての知識も習得している一方で
僕は中三まで何にも知らなかった。

恋愛に奥手、というよりも、自分の感情がよく分からなかったというのが正直な所。
異性に対して何も思わないから、”恋愛感情”が何なのかが分からない。
だから、異性に対してガツガツしている同級生を見て、「恋に恋してる」なーんて評して、内心見下すこともあった…。
自分は優等生だから、感情を制御できている。中身の無い恋という形式に振り回されてなんかいないんだと。


その裏で、中年の男性教諭には激しい感情を抱いてたのが現実でした。
(それが恋愛感情だと知るのは随分先のこと…)

でもそれも、自分の中では”憧れ”として片付けた。
自分は成績が優秀だし他よりも大人っぽいから、目標も大人なんだ、だから憧れの気持ちが強いんだ、と。




自分は優等生である。
自分を律することができていて、同級生とは違う。
恋愛なんて低俗なものに振り回されない自分が優等生然としていてかっこいい。
目標が高いので、先生に対して強い憧れを抱くのだ。



無意識に自分を優等生キャラという「型」にあてはめていたから、
思考段階を無意識にすっ飛ばしてて、
恋愛感情に対する疑問が浮上すらしなかった。


「優等生キャラ」が良くも悪くも、「ゲイ」なる自分を見えなくしていたのである。



再考・我がゲイライフ 序論

どうもこんにちは、ちかひらです。

ちょっと思い出話…。

このブログ、開始したてのころは「半生日記」なるものを継続して書いてました。
小学生のころから大学生のゲイ自覚に至るまでの自分のこと。振り返ると元々ゲイだったんだね、ということ。
その頃からブログ読んでくださってる方もいるかと思います。

それがだいたい終わると、その後は毎回何かしらのテーマでゲイについて語る、という形式になったんだけど、
そんなにポンポンテーマを思いつけるわけもなく、かなり更新ペースが遅くなっているという実情が。

そういうこともあって、最近、また1つテーマを掲げてそれについて複数回にわたって考察してみたい、という気持ちが強まってきた。


何をテーマにしようか、と考えた。
実は少しばかり前から、「自分の性格や行動様式」と、「ゲイという要素」との関係性に興味がある、というか、
考えることが多くなってきてて、1回整理しときたいな、というのがあったんだった。

自分の性格。
自分のゲイ観。

これをいくつかの視点から考察してみたいと思った。
つまり、自分のこうこうこういう性格が、ゲイライフのこういう面に現れてるよね、といった感じで。


しかし性格というのは一側面から語れるようなことじゃなくて、育った環境やら経験やら素質が絡み合って形成されてる。てことは、つまり、もう一度自分の半生について振り返んなきゃならんわけ。

うひゃ~。ここにきて、「半生日記」の再来だ。
長年の読者さんには同じことを繰り返し語ることになるかもしれない。むむ。



でも、前回とは大きく違うものになるという確信はある。

前回はただ時系列に、起こったことや感じたことをつらつらと書いていた。
今回は、テーマ別に、自分の性格・性質とゲイとの関連を考察していきたい。より自分の内面の深い部分を綴っていくことになりそうだ。(今まで以上に自己満足の記事になりそうな予感がぷんぷん…汗)


さしあたって、今のところ話題にしてみたいテーマは以下の通り。
・優等生という仮面
・内なる悪人
・末っ子特質
・心配性
・初恋
・体毛コンプレックス

1つのテーマについて、記事10件を目処にまとめてみたい。
最初はどれにしよう。書きやすそうなもの…「優等生という仮面」、かな。

更新はせめて週一くらいはしたいと思ってる。どうだろ。



ここいらで序論はおしまいとしよう。
改めて自分という存在を振り返るいい機会としたい。

長丁場になりそうだけど、どうぞよろしく、お付き合いください!







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