煩悩遍路17日目「だからこそ」―修行の道場―

17日目

超快晴で猛暑。今日も今日とて6時から歩き始めた。


黒潮町の山中、日陰もなにもない国道を歩いているとさすがにきつい。
通り掛かる車も少ないし、当然人影も見かけない。

つくづく、地元の人とのなにげない挨拶もパワーになっていたんだなと思う。

自販を見つけ、躊躇うこと無くジュースを購入。
しばらく休んでいると、急に車が停車し、乗っていたお兄さんがカロリーメイトをくれた。
「がんばってください!」

歩き遍路のために常備しているのだろうか…
なんにせよ嬉しすぎる。あーもうだめ!となった時にお接待がいただける。そして頑張れる。



昼前に日本最後の清流に出た。
さすが有名な川だけあって、その景色は壮観。快晴ということもあって気持ちよかった。

ここでシロさんと待ち合わせ。
実は昨日連絡をとっていて、今夜は彼の別邸に泊まらせてもらえることになっていたのだ。

都合つけてもらっての、6日ぶりの対面。
申し訳ない気持ちもあるけど、素直に楽しみだ。

「はるばるここまでよく来たね。このあとどうするの?もうお遍路区切るんだっけ?笑」
「いやーまだ悩んでるんですよ」
「いいよいいよ、明日の朝までに決めればいいんだしね」

とりあえず、完歩にはこだわってない(ということにしている)し、
夜まで時間があるということで、
彼の車で足摺岬まで連れてってもらうことにした。



海沿いのクネクネした道を岬へと進む。
車は速い。毎日歩いてばっかりいると、本当に速く感じる。
足摺岬は通常往復だけで2,3日はかかるのだけど、
ぼくはシロさんの車によってワープさせてもらった。

もし歩いていたら出会ったかもしれない人々、遭遇したかもしれない出来事、
沸き起こったかもしれない感情はきっとある。
でも気にしない。シロさんと過ごし、会話をするこの時間が、何よりも有意義だった。
ぼくはそれを選んだのだし。



はーるばるーきたぜ足摺~
38番札所、金剛福寺に到着。
もし、もう一度歩き遍路をすることがあれば、次回は歩いてたどり着いてみたいとも思う。
と同時に、また縁あって車でくることになるのかもしれないな、とも思った。

そして周辺をぶらぶらした。台風の時期によくTV中継で見る灯台、
そしてまさにそのカメラもあった。

近くに恋人の聖地的なスポットがある。
茶化して「ここ来たことありますか?」聞いてみたところ、彼女と来たよ、とのこと。
「恋が成就するといいですね」と適当に相槌をうった。
正しくないことを応援していることになっているのは分かっていた。



帰りは、歩きでは絶対に通らないであろうスカイラインを走り、その後岬の西側へと抜けた。
シロさんは、道の駅にて新鮮な海産物を買っていた。夕食の材料である。



夕刻、彼の別邸に到着。
午前中しか歩いていないのにかなりの距離を進んだ。なんだか不思議な感覚。

そして、旅で出会い意気投合した人の家に今夜宿泊させてもらうという
非日常感というか非現実的事実。
テンションがあがってくるような、楽しいような、不安なような、複雑な心境が頭を巡る。

とりあえずザックをおろし、シャワーを借り、今日の分の洗濯もさせてもらう。

シロさんはさっそく魚をさばき、夕飯を作り始めていた。
今日は奥さんはいないようだ。

家にはアウトドア、インドア、様々なジャンルの趣味道具や作品がきれいに置いてあった。
あちこちで描いたという絵も見せてもらった。

料理もおいしかった。このところ貧相な食事しかしていないので、むさぼり食った。
ご飯のおかわりの回数は、忘れた。

とにかく多趣味でスキルもすごい。そして恰好良い。
なんだろう、この感じ。スーパーマンと一緒にいる感覚とでも言おうか。

それでも彼はこう言ってくれた。
「気が合うと思ったから一緒に歩いたんだし、家に呼んだんだよ」と。



酒を飲み交わしながら、静かな居間で、2人は人生について語り合う。
あの日、星空の下テントで語った時のように。

彼はいつも言う。
人はどうせ死ぬのだから、いま好きなことをすれば良い、と。
趣味が多いのならばそれを存分に楽しむ。
20年後に「あのときこうすれば……」が無いように。

来年彼は二度目のサンティアゴ巡礼をしに行くようだ。
誘ってくれたけど、そのころぼくはどうしてるんだろう。退職してついていこうか。

「きみは他人からどう見られるかを気にしすぎてるよ。自分で自分を固くしてしまってる。
 どうすれば殻を破れるだろう?思い切ってなにか行動を起こしてみれば、きっかけがあれば…」

「本質ではきみと俺は似てるよ、あとは、殻を破れるかどうかだけ…」



人生をかけてでもやりたいこと、それを決めかねるのならば、
仕事は仕事として割り切ってやって、余暇として、趣味として追求するのもアリだよね、
とは言われた。
でも、休暇とかが融通のきく仕事じゃないとね、とも。

いまの仕事じゃあ、融通きくどころか、満足に休みすらとれないよなぁと愚痴っていた。
休職という立場は、いずれ復職するということだ。
でも本心では、ドーンと辞めて、まさに今みたいに放浪したいと思っている自分がいる。
いや、いまもまさに放浪はしてるんだけどね。



結局のところ、自分の人生は自分で決めるしか無い。
誰から何を言われようとも、それで自分の人生を変えてくれるわけじゃない。

いくらアドバイスをもらっても、彼の人生の出来事を聞いても、
ぼくが決意しなければ何も変わらない。
他人の人生や人生観を参考にしても、それをなぞるだけでは意味がない。
それは自分の人生を歩くことと同義ではない。

自分自身が何を思い、決意し、そして、実行できるか。

転職?放浪?
それともいまの「向いてないと思っている」仕事を続ける?
死んだときにどんな人だったと言われるような人生にしたい?
世間体で無意識に隠してしまっている願望はない?

ひさびさに飲んだお酒で意識が朦朧としてくる。



それでも、シロさんと2人っきりでこうして飲み、語り合うという現実はある。
それだけで、幸せなんじゃないか。

人は生きたいように生きている。

鬱にはなったけど、放浪したいと思ってて、いまこうしてお遍路ができている。
シロさんとまた会いたいと思って、一度は延期になったけど、
いまこうして泊まらせてもらっている。

十分、有意義な若い日々を過ごせてるじゃないか。



「それでもなお」何かひっかかるものがある。
いや、それは「だからこそ」なのかもしれない。

毎日歩き、陽とともに暮らし、野宿し、山々を臨む。
道端に生えている野草・イタドリをかじり、木苺を食べ、湧き水を飲む。

こういった健康で有意義な毎日を送っている現実があるからこそ。
たまに寂しくもなるけど、心から充実しているからこそ。

ぼくは本当はこういった人生を送りたいんだと、心の殻の中から叫び声が聞こえる。
普段は閉じている殻が痛みを伴って開こうとしていた。

いっそのこと開ききったら楽になるのかもしれない。



あの日と同じように、眠りについたのは日付を跨いたあとだった。
 


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煩悩遍路16日目「そしてまたひとりになるのだ」―修行の道場―

テントから2人顔をだすと、そこにはまだ昨晩の憎きネコちゃんがいた。
朝飯を喰らいながら、ネコをあやす。
準備をしてガソリンスタンド跡を発ってもしばらくついてきていたがそのうち引き返していった。

ホッとしたと同時に、なんだかかわいそうな気もした。



きょうは6月9日。気づけば二回目の区切り開始から1週間以上経っていた。
このくらい経つとだんだんと人間の思考は摩耗してくるようで、
色々とポジティブというかアバウトに考えられるようになる。

服や荷物が汚れたり濡れたりしてもどうでもいいし、お風呂に入らなくてもどうでもいいし、
ネコに起こされようが、足が痛かろうが、身体が臭かろうが…

…ポジティブとヤケクソの境目は何だろう?
でも、昨日のように、つらい雨の中でしか見られない霧がかった荘厳な山々の景色もあるのだ。



リクくんととりあえず37番岩本寺へと向かう。

道中、「お遍路は人生である」というテーマで大喜利をした。
・雨の日もあれば晴れの日もある
・計画通りにいかない
・出会いと別れがある
・人によってルートや方法が違う
・お金がかかる
・い つ で も や め ら れ る(意味深)
これもまたヤケクソ。2人でめっちゃ笑った。

そんなこんなで昼前に岩本寺到着。
お寺の前でちょっと道に迷ったが、地元のおばちゃんが教えてくれた。
お寺がある町の住民はお遍路に優しく接してくれる…気がする。

誰かが言っていた。
「迷った時は地図を見るな、人に聞け。」
見知らぬ人に尋ねる敷居もすっかり自分の中で低くなった。



リクくんは足のマメの化膿がひどすぎるので、
靴を買い換えるか、病院に行くか、迷っているようだった。
正直、実物を見るとその足でこの先の山々を歩くのは無謀に思えた。

で、結局彼は病院でとりあえず診てもらうことに決めたようで、
近くの窪川駅から四万十の中村駅まで電車ワープしていった。

さよなら、リクくん。
そしてぼくはまたひとりになった。
ああ、連絡先聞くのまた忘れた…

暑い日差しがぼくの顔を焼き付ける。なぜだかそれが心地よく、さみしかった。



コンビニでカツサンドを買い、日陰で昼ごはん。

携帯の電波をONにすると、イタルさんからメールが届いていた。
ちょうどいま、ヤマさんと超高速マルさんと3人で昼ごはん食べてるとのこと。
昨晩は土佐久礼のベッド付き休憩所に泊まったらしい。

2~3時間ほどの距離のズレ。

ぼくのいない所で、ぼくの知っている人達が、新たな交流を持っているということ。
一方でぼくはひとりでこうして歩いていること。

携帯をOFFにして、お遍路はひとり旅なんだぞと虚勢を張って、もくもくと歩く。
左足の足首の痛み、肩に食い込む荷物の重みが無視できなくなってきていた。
ひとりきりになったこの旅、いつまで続けられるのだろうか。



なにもない国道を進んでいると、土佐佐賀温泉Kが見えた。
ちょっと中途半端な時間だったけど、昨晩は野宿だったこともあるし、入浴することに。
スタッフの方が完璧なるお遍路対応をしてくれて、超親切だった。

温泉に隣接する遍路休憩所にてしばし身体を冷まし、足を乾かす。

そういえばマルさんは今晩この温泉に宿泊すると言っていた。
「髭坊主のマルさんという方が泊まると思うので、よろしくお伝えください」と
スタッフに言付けした。
唐揚げとおにぎりのお返しに、ビール一本でも差し入れすればよかったなとあとで思ったけど、
まあいい。



ひとり旅をしつつ、意識は他の遍路仲間に向いている自分。

お遍路はアンビバレンツだ。

ひとりで歩くのが基本だけれども、
必ず地域の人や遍路仲間に助けられ、意識が他人へ向く。
つまり、ひとりで生きることを強いられながら、ひとりでは生きていけないことを知る。

実体験としてこういう状況になっている自分に気づけただけでもお遍路をした意味はある。
そう言い聞かせたあと、温泉を出発した。
マルさんがその直後にニアミスで温泉に到着していたらしいが、
それを知るのはまたしばらく先のこと…。



今日も今日とて日没まで歩く。
再び海が見えた。

灯りの付いているうどん屋さんに吸い込まれるように入る。
今夜はどこで野宿しようかと思いながらうどんを啜っていると
おかみさんが、今夜はどこに泊まるのかと話しかけてきた。

近くでテント泊しようかなと思ってるんですと言うと、それなら、と
すぐそばの公園の東屋が野宿スポットですよと教えてくれた。

こうしてまた、人に助けられるひとり旅。



これまでに出会った遍路仲間のことを思いながら、
蒸し蒸しする海辺の公園で野宿をした。

16日目


煩悩遍路15日目「限界突破」―修行の道場―

5時起床。
半乾きの衣類をザックに詰め込み、6時に宿舎を出る。


イタルさんは青龍寺の納経を昨日せずに来たらしく、
納経所が開く7時までここでゆっくりしていくとのこと。
ぼくとリクくんの2人で先へ進むことにした。

テラスでカップ麺の湯を沸かすイタルさんの後ろ姿を見てさよならと声をかけた。
彼と直に喋るのはこれが最後となった。



今日は須崎を通って窪川方面へ向かう。
浦ノ内湾には巡航船がある。昔、弘法大師もここは船で渡ったという言い伝えがあり、
それならば(歩き遍路的に)合法交通手段だよねということで、
足のマメがひどいことになっているリクくんは船に乗ると張り切っていた。

7時ごろに出港する船を目指す。それを逃すと次はたしか10時台。


早朝だからか、下り坂だからか、ぼくはなんだか足が思うように進まない。
急いでいるリクくんに申し訳ないし、「ぼくはちょっとゆっくり行くから、先行ってて」と伝えた。

では、と彼は足早に先へ進み、見えなくなった。

昨日雨の中渡った宇佐大橋を戻り、そこから西へ。
渡船場が見えてきた。彼はうまく乗れたんだろうか。
もし乗れたなら、3時間ほどの時間短縮になる。しばらくは追いつけないだろう。

ちょっとさみしい気がした。



湾の中の静かな海を見ながら、一人歩く。

雨は止む。日はまた昇る。波は寄せて返す。
そんな当たり前のことに心がざわつく。

こういうのを「感動」というのだろうか。
雨の日があるから、晴の日の嬉しさが際立つのだ。

当時のメモを見るとこういったポエミーなことがしばしば書かれている。
よっぽど暇なのか、疲れ切っているのか、他に見るものが無いのか。
それでも、ただ歩くだけというこの行為も、もう日常と化していた。
雨が降っても、足が痛くても、眠くても、暑くても、疲れても、歩く。



ペースはゆっくりだがノンストップで歩いていると、休憩所でリクくんが休んでいた。
「聞いてくださいよ!船、あと1分のとこで出ちゃってたんです。笑うしかない...」

おやおや、なんか自暴自棄ムードになっている。
よほど誰かにこのことを聞いてほしかったのだろうか、やけに饒舌になっていた。



一緒に歩く。
そういえば、リクくんと2人で歩くのって、いままで無かったな。

ぼくはノンストップで歩いていたので少々疲れて、ところどころ休んで先に進んでもらってたけど、
すぐに追いついた。

実は休んでいる間に、秘密裡に連絡していたシロさん onバイクと休憩所で待ち合わせていた。
シロさんのもう一つの家がこの先にある。2日後の夜に、泊まらせてもらうことになった。
彼は区切り打ちなので、この時点で既にお遍路は中断しているのだ。

「とりあえずあと2日、がんばってね。この先どこまで歩くのか知らないけど、
 それはまたうちに来てから、考えればいいよ。」
「はい、チョコどうぞ、じゃあね」

彼は単身どこへ行くのだろうか。彼女とデートかなあぁ。
バイクの似合う彼の背中を目に焼き付け、もらったチョコにがむしゃらに食らいついた。
その甘さが辛かった。



昼前になり、脚の調子も上がり、リクくんに再度追いつく。
ぼくの提案で、須崎名物の鍋焼きラーメン店に突入。人気店で混んでいた。
3年前のスケッチ旅でも食べたラーメン。ここまで歩いてきたんだな。

リクくんは鍋焼きラーメンの存在を知らなかったようだ。

「船の件は残念だったけど、おかげで鍋焼きラーメン食べれたから、良かったじゃない」
ちょっと押し付けがましい気もするけど、他人の後悔はなぜか前向きに考えられるもんである。

「ちかひらさんはグルメですね~」
いや、単に食い意地張ってるだけなんだけど...と思いつつ、
香川には何度も讃岐うどんを食べに遊びに行ったことを話していたことを思い出した。
グルメなのかもしれない。

これは後に気づくことだが、
人間、身体的限界を継続するような状況下でもどうしても外せない行動というものがあり、
歩き遍路ではそれが如実に現れる。

疲れ切っているけど、鍋焼きラーメンは外せない。
そんなぼくはグルメなのかもしれない。



さて、今日はどこまで歩こうか。
土佐久礼に野宿スポット、しかもベッドまである所があるらしいからそこにする?
或いは思い切って峠を超えて影野駅まで行くか…?駅寝やってみたいし。

リクくんは船のことをまだ引きずっているようで、
ヤケクソだ、夜8時くらいまでかかるけど影野駅まで行こうという気分になっていた。



夕方が近くなる。
遠くに姿は見えるもののなかなか追いつけないお遍路さんがいて、
止まっているスキにようやく追いついた。
40代の真っ黒な髭坊主のお兄ちゃん。マルさんとでも呼んでおこう。

話を聞くところによると、野宿無し歩き遍路で、お遍路自体は2回目。
「時速5kmで歩けば1日50kmは歩けるよ」
「前回は25日で結願した」
「足摺岬のピストンもね、荷物を手前の宿に置かせてもらって時速6kmで歩けば1日で行けるんだ」


って、バケモンかい。30日切った切らないで自慢大会があるくらいなのに、25日って…
まーテントと寝袋を持っている野宿組と比較しても意味は無いんだけれど。

そもそも昼飯も歩きながら食べてるらしいし。


ただ、妙にライバル心を誘発させ、もろに影響を与えてくるタイプの人だった。
結局、リクくんとぼくとでもう意志は決まった。
峠越えをしよう。影野駅まで行こう。50kmを超えるのだ。


マルさんは土佐久礼の宿に泊まる。
スーパーで夕飯と明日の朝飯を買うとき、マルさんはおにぎりと唐揚げを接待してくれた。

「がんばってね、若いんだし、2人だから、いけるいける!」

完全にノセられている。



ここから影野駅まで大体8km。だが、峠越えだ。
すでに17時ごろであり、霧雨も降っている。

もうヤケだ。2人で、峠へ向かった。

ただひたすらに、無言で国道を登っていく。
菅笠に当たる雨の音が聞こえる。

足の調子は順調で、濡れて入るけど痛くない。
坂道は前傾姿勢になるからだろうか、あまり疲れないし、早めのペースで歩ける。

ちょくちょく後ろの様子を見ながら進んでいく。
リクくんはちょっとしんどそうだ。マメもひどいしと言っていたからなぁ。
「歩ける?」「大丈夫です…」



途中のトンネルで雨をしのげるありがたみを感じ、
霧がかった山々を見下ろしてはその幻想的な風景に息を呑む。

こうした経験もまた、船に間に合わなかったおかげ…なのだろうか。
そうでも思わないとやってられない感じはある。



日が暮れた。七子峠に着いた。あとは降りるだけ…

そこには潰れたガソリンスタンドがあった。
ちょっと一休み…。

2人とも憔悴しきっていた。再び雨の中歩き出す余力は無かった。
どちらからの発言かは忘れた。「ここで野宿しよう」

風邪ひかないようにまずトイレで着替え、夕飯を食べる。
リクくんの足のマメは更に悪化しているようだ…。



リクくんの計測によると、この時点で本日の歩行距離50kmを超えていた。

これを毎日繰り返せば、あっという間に結願できるね、と笑いつつ、
毎日は無理だろうなと実感した。
でも、この時、もう元には戻せない煩悩が取り付いていた。
一度出来たことは、次も出来なければならない。
限界突破のあとに見えるのは、より高いハードルである。

この経験が翌日以降ぼくを苦しめることになるのことに、その時まだ気づかなかった。



寝る支度をする。
ぼくはテント、リクくんはテントを持っていないので寝袋だけで寝るそうだ。
大丈夫かなぁ。

雨の音は子守唄。おやすみなさい。






・・・





「ニャーニャー」

深夜、突然ネコの鳴き声がした。しかも、鳴き止まない。

思わず起きてテントから出ると、野良猫がリクくんの睡眠を妨害していた…
ここで野宿する歩き遍路に餌付けされているのか、夜を狙ってやってくるのだろう。

何遍遠くへ連れて行っても、トイレの個室に閉じ込めても、
恐るべき身体能力で戻ってくる。
そしてぼくらの貴重な食糧をザックから漁るのだ。



寝る気力すら、ネコへの憎しみすら沸かなかった。
もし一人だったらテントに閉じこもって無視して寝るかもしれないけど、
今日は無防備なリクくんがいる。これでは寝れないだろう。ほっとけない。

1人用のテントだけど、詰めれば2人入れる。食べ物と貴重品と人間だけテントに入れ、
その他リュックは外に出し、2人で寝ることを提案した。

彼は断らなかった。
断る気力すら無かったのだろう。そして、それ以外に選択肢はなかったのも事実である。

頭と足とを互い違いにし、少しでも安眠する。
もし、ぼくがカムアウトしていたらリクくんは拒んだだろうか。
ぼくの進言はいやらしいものと映っただろうか。

失礼だけど、彼はぼくの好みのタイプではなかったのは両者にとって幸いだったのかもしれない。



この日、50kmという記録と、それに付随する距離という名の煩悩の芽を新たに獲得した若者は、
旅の道連れと、一つテントの中で眠った…。

15日目


煩悩遍路14日目「交差点」―修行の道場―

14日目(1)


朝から雨音が屋根を叩く。
6時半ごろ、いつ出発しようかなぁなんて考えながらパンを一人食べていた。
イケメンのイタルさんは隣の部屋でまだ寝てるようだ。

通夜堂は原則として納経所が開く午前7時までには明け渡して出発しないといけない。
しかし、この雨の中、全く出発する気がしなかった。

ようやくイタルさんが起きてきた。
ん~。寝ぼけ顔もかっこいい。

と、そんなことはどーでもよくて、問題なのは僕らがいつ出発するかである。
どうしますかね?



歩き遍路が朝まず考えることは、
地図を広げ、その日どこまで歩くかと、宿泊の目処を立てることの2つである。
この雨の中どこまで行けるだろうか。
いつも通り30km進むならばこのへんまで行けるんだろうけど、
野宿できそうなポイントは無さそうだし、
こんな雨の日に野宿するのは嫌だなぁ…

僕がうだうだ悩んでいる間、イタルさんは落ち着いた心構えで朝飯のカップ麺を食べていた。
彼は歩き急いではいないようだった。

その最中、ヤマさんがびしょ濡れになって追いついてきた。1日ぶりなのに、久しぶりな気がする。
そして、「先いくわ~またね」と言って去っていった。
これ以降、彼と会うことは無かった。

そんなこんなで9時半。
ここから15kmほどの距離にある国民宿舎の安いドミトリーを発見し、
イタルさんと一緒に今夜も泊まることになった。

当日だけど空いてるかな~、予約できるのかな~とうだうだ言っているぼくをよそ目に、
イタルさんがサクッと電話して予約確定してくれた。

考えるよりまず行動。
これが30代の貫禄か…。ぼくもかくありたいものだと思った。



さて、宿の予約もできたところで、ようやく歩き出した。
レインウェアを着てもしみて来る雨。撥水機能が完全になくなっている。
川のように雨水が流れるアスファルトを2人、下っていった。

イタルさんはもうちょっとしっかり朝(昼)ご飯を食べてくるとのことで、
1時間ほどで一旦別れた。また夕方、宿で。

ちょっとさみしかったけど、ペースも違うし雨も降ってるし、
そもそも単独行動が歩き遍路の基本であり、
そこんとこを「ご飯食べてくるね」と言って自然に実行したあたりも
彼の優しさだなと思った。



そして、ぼくはぼくで急がなければならない理由があった。
夕方に会社のカウンセリングの電話が1時間かかってくる予定が入っているのだ。

つまり、その時刻にはどこか雨を避けられて座れる静かな場所にいなければならない。
おそらく、次の札所の境内のどこかとなるだろう。
間に合うように、雨の中をそそくさと歩く。

靴の中がかなり浸水してきていた。
そして、左足が痛い。ピキッとくる痛みだ。一歩一歩がきつい。
昨日早歩きしたからだろうなぁ…。でも、今日の歩行距離は短いから、その点は安心だ。
あれ?それなら昨日もっと手前で宿泊すればよかったのではないか…?
いやいや、もしそうだったらイタルさんと会えなかったんだから、これでいいのだ。多分。



予定どおりなんとか札所に到着し、
カウンセリングの電話で「お遍路してるんです」と言ってちょっとびっくりされ、
丘の上の国民宿舎Tに到着。

ロビーではもうイタルさんが到着し、椅子で寝ていた。
電話している間に追い抜かされていたみたいだ。

チェックインを済ませた。
係の人から、今夜はもうひとりお遍路の方がドミトリーで予約しているとの情報を得る。
誰だろう。途中で会ったおじさんかな?
部屋に荷物を置きに行った時点ではまだ着いていないようだ。



風邪をひかないように、さっそく入浴することに。
濡れた衣類をイタルさんのと一緒に洗濯機へ。
そして、浴場で裸のおつきあい。

一方的にドキドキはする。これは仕方ない。
もし、ぼくがゲイだと言っていたらどういう反応をされるのだろう。
多分、イタルさんならなんてことはなく受け入れてくれるだろうけど…とかそんなことを考えながら
室戸岬の民宿以来の湯船に入り、身体の芯から温まった。
風呂はいいねぇ…。今日は宿とってよかったねぇ…。と2人でリラックスしていた。



とそこに、3人めのお遍路が入ってきた。

あれ????
リクくんだった。

まさかこんなところで(しかもお風呂で)再会するとは(笑)
向こうもかなり驚いてたし、お互い笑った。



その夜は楽しかった。
若者3人で、夕飯を食べ、ドミトリー室でダベる。
みんな出発のタイミングも歩くペースも違って、抜きつ抜かれつしつつも
どこか接点のある情報を共有し合う。

イタルさんとリクくんも、室戸岬の手前で一度姿を見たことがあったらしい。

歩き遍路は誰しも沢山の人達に出会い、ドラマが生まれる。
その出会った人同士の間にも当然ドラマはあって、

そのドラマ同士がどこかのタイミングで共有され、
さらなるドラマが発生する。

そうしたストーリーの交差点の一端に触れたときに、はじめてそのことに気づくのだけれど、
ぼくはその時、このことが、
歩き遍路というものの最大の楽しさ、中毒性なのではないか、と思った。



日没の前、雨が止み、景色が見えるようになっていた。
円弧を描く海岸線は水平線とくっつきそうなくらいまで遠く、ずっと続いていた。

南東の彼方に見える岬、あれは室戸岬だろうか。
「あそこからここまでずっと歩いてきたんだね…」

3人で一緒に歩いたわけではないのに、一緒に歩いたような、
そんな不思議な一体感に包まれつつ、
人間、やればなんでもできる、どこまででも行けるんだよね、などと
胸の奥が締め付けられるような、リアルな感動を、
覚えていた。

くたびれた身体を動かすこと無く、
3人は突っ立って遠くを見つめ続けていた。



後日談となるが、その後、結願の報告をイタルさんにメールした時、
彼はこう振り返ってくれた。

「国民宿舎から観た風景、忘れられないですね。室戸岬の方まで一望出来た場所。
コツコツと歩いてきてすっごい距離を歩いてきたというのは、自信になりますね。
そのまま人生の教訓になりそう。
自分でも気づかない無意識のうちに心に変化は起きていると思いますよ」

ありがとう、また、どこかで。


14日目(2)




煩悩遍路13日目「1日未来を歩く」―修行の道場―

歩き遍路は、ペースは違えど1日に歩く距離はだいたい似たようなもので、
以前出会った人とひょんなところで再会することが多々ある。

その逆で、自分より1日先、あるいは前に出発した歩き遍路と親しくなることはほとんどない。
よっぽど人よりも速歩きする人か、
もしくは、往復の経路が重なる区間ですれ違うくらいだ。



この日、ぼくは早朝に高知のゲストハウスを出発し、いつもより急ぎ足で歩いた。
35kmほど先にあるお寺の通夜堂で宿泊させてもらうためである。
納経所の閉まる17時までに到着しなければならない。

昨日ともに歩いた遍路仲間と会うことはもちろん無い。1~2時間のずれがあるだろう。



太平洋と桂浜が一望できる高台のお寺の境内で、以前お接待で頂いていたおせんべいを食べる。
リュックサックの中ですっかり割れてしまっていた。
固いものは割れる。そんな当たり前のことをしみじみと一人噛み締めていた。



浦戸湾を越えるには、風の強い浦戸大橋を渡るか、県営の渡し船に乗るか、2通りの方法がある。
浦戸大橋を渡れば、桂浜に寄ってちょいと観光気分も味わえるのだが、
なんせ今日は時間がないし、3年前に桂浜は堪能したということもあって、
今回は渡し船を利用することにした。

船乗り場までの道中も、暑い日差しが照りつける。
「何も考えずに一人で歩く」なんて、そんなことできるのだろうか?
そんなことを考えながら歩いていた。無心は難しい。

船は1時間に1本。なるべく早く進みたいぼくは、乗り場まで走ってみた。
10kgのリュックを背負って、菅笠と金剛杖を持ってドカドカと足音を立てて走る変な遍路。
無心にはなれたが、疲れてきてアホらしくなったのでやめて、1時間あとのに乗ることにした。



渡し船は旅情があって良い。
待ち時間に、近所のサイクリング好きなおじいちゃんに話しかけられて、しばし会話をする。

「歩いてると、だんだん自分は本当に旅や歩くことが好きなのか分かんなくなってきちゃって」
「好きかどうか悩むんじゃなくて、好きになればいいんじゃないのかな」とおじいちゃん。
根拠は無いけど、少し、気が楽になったような気がした。

「歩き遍路さんは孤独で、誰かと話したがってる。だから俺はなるべく声をかけるようにしてる」
のだそう。
良い人だ。まさに、ぼくが欲していたことだった。

一人で歩くことは苦ではない。でも、ずっと一人では何事もつまらない。
誰かと話したがってたんだろう。
おじいちゃんと話したことで、やっぱり歩き旅は好きだ、と思った。



夕方、仁淀川にたどり着く。
雲が出てきた。明日は雨らしい。

ここからは35番札所清瀧寺へのピストン区間である。
明日は同じ道を引き返してくることになる。

早朝の出発&早歩きだったぼくは、ここで数人のまだ見たことのない歩き遍路とすれ違った。
ぼくより1日未来を歩いている遍路のみなさんだ。
もしぼくが1日早くお遍路を開始していたら仲良くなっていたかもしれない人達。
そう思うと、パラレル世界に迷い込んだような気分になれる。

おじいさんみたいな人、真っ黒に日焼けしたぽっちゃりなお兄さん。
「こんにちは」「お疲れ様です」

すれ違いざまに、それを言うだけだった。



何か、モヤモヤするものがあった。
次、誰かとすれ違ったら、挨拶だけじゃなく、話をしてみよう。

お寺への上り坂がはじまったあたり、時刻は午後4時半ごろ、
一人の若い歩き遍路が降りてきた。

「お疲れ様です、今日はどちらまで歩くんですか?」
「どうも、私はこの先のトンネルの手前の休憩所で野宿できるらしいんで、そこまで行こうかなと」
「おお、まだまだ歩くんですね、頑張ってください」

その人から質問された。
「年齢近そうですけど、おいくつですか?」
「ああ、26ですよ」
「やっぱり近い!俺は27です」
「27…(ん…?)もしかして、徳島で、通し打ちの23歳の子と一緒に歩いてませんでした…?」
「え…、ああ、歩いてましたよ」
「やっぱり!ぼく、その子とペースが同じで、何度か会ってるんです。
 昨日は高知で宿泊したみたいなので少し手前にいるんじゃないかな。
 あなたにすごく会いたがってましたよ」
「はは、それはご縁ですね!」

「では、ぼくはこれからお参りしてきますので。今夜は通夜堂に泊まらせてもらおうかなと」
「上の通夜堂なら、たしか一人泊まると言ってた人がいましたよ。良い夜を!」
「さいなら!」

勇気を出して声をかけてみてよかった。弘法大師の用意してくれたご縁だと素直に思った。



納経のタイムリミット、17時になる前に目的のお寺に到着。計画通りだ。
境内には、すっかりリラックスモードの歩き遍路のお兄さんが座っていた。

少し話をして、一緒に納経所へ、通夜堂で寝させてもらう旨、了承を得にいった。
今晩は2人で通夜堂泊、である。



そのお兄さん、名前はイタルさんとしておこう。

イタルさんは30代。ワーホリなど経験したあと、最近退職して、
次の仕事にとりかかる前に一度やってみたかった遍路を区切り打ちでやっているという。
区切り場所がぼくと全く同じ日和佐で、しかもその期間がたった1日ズレということで、
お互いびっくりした。
もしかしたら、もっと手前で出会っていた可能性もあるわけだ。
出会ってはいないが、天候のことなどで共通経験もあり、話がはずんだ。

そしてもう一つ、以前別のお遍路さんから、
靴のインソールが合わなくて足を痛めていた若い遍路がいるという話を耳にしていたのだが、
それがイタルさんのことだった。
頭のなかでジグソーパズルがはまった音がした。

ペースが速い人、遅い人、順打ちの人、逆打ちの人、色々いて、それぞれが別々に会話をする。
でも、それが回り回って情報伝達していく。共有される。
夕方すれ違った27歳の人のこともそうだ。

昔、旅人は情報を運ぶ人でもあったという。
なんとなくそれが肌感覚で分かったような気がした。


1日未来を歩く遍路とは、あまり会うことは無い。
でも、気づかないところできっと接点はあって、いつかどこかで縁がある。
各人は孤独だけど、同じ経験を共有しているかもいしれない。


そんなことをイタルさんと話しながら、通夜堂での夜は更けていった。
雨音が屋根を叩き始めた。
明日は雨らしい。

13日目


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