煩悩遍路D日目「日記」―菩提の道場―

D日目

6月18日(土)

朝8時起床。
全身が筋肉痛。緊張感が途切れたからかもしれないな。
会社員の彼は休日返上で仕事へ向かっていった。いつかお遍路へぜひ。

荷物を整理する。心の整理はまだできてないけど…。

帰る日常があるからこそ「旅」がある。
悪い意味での旅慣れはしたくない、そんなことをリクくんと話していた。

でも、日常に戻りたくないなー。
今回は「結願」という外的ゴールが無い分、心の整理がしにくい。

全部回りきることにこだわるのが悟りとは対極なんだよという昨日のオーナーの言葉が頭をよぎる。心を休ませるはずが、ただ距離を稼ぐことばかり考えるようになってしまった自分の気持ちを一旦区切るため、今回は帰るのだ。


宿を去る。
リクくん、今度こそ、もう2度と会うことはないだろうけど、楽しかった、ありがとう。
ヒッチハイクでの結願、うまくいくといいね。


昼までの時間、ゲストハウス用に道後温泉の絵を描く。
やっぱり現地でのスケッチはいい。暑い日差しが足を焼く。

「道後の町屋」カフェにてコーヒーと昼ごはん。コーヒーの絵を描くなんてオシャレなこともしてみた。小さなスケッチブック、ボールペン、灰色のコピック。これ、いい。
そして、絵を描いていて幸せに感じる自分が嬉しい。


この旅で、たくさんのお接待や人のあたたかみをもらった。
地元の人から。遍路仲間から。

このお礼はこれから出会う人たちにつなげていきたい。
他人への感謝の気持ちの連鎖で世界はきっと良くなる。


そして、もっと人と関わっていこう。ハードルを下げて、気楽に話しかけてみよう。
人と人との関わりが、出会いが、面白いことに発展していくはず。

自己完結しがちな自分が、一番変わった、変わりたい部分はここかもしれない。

───

日和佐から松山まで、18日間におよぶ2回目の区切り遍路を終え、
僕は四国を去った。


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煩悩遍路C日目「煩悩即菩提」―菩提の道場―

松山での朝。今日一日ここでゆっくり過ごして、明日の昼に帰るのだ。

急ぎ起きて6時から歩かなくていい幸せ。
ベッドでゴロゴロとくつろぐ。

ゆったりと流れる時間を求めてお遍路をしていたはずなのに、
気づけば30km、40km、50km歩かなくては、と躍起になり、
その為には朝早くから夕方遅くまで……と自分を追い込んでいってしまっていた。
より速く、より遠く…これが「煩悩」なのだろう。

愛媛=菩提の道場にて、この呪縛から逃れられるかどうかが
四国遍路というもののミソなのかもしれない。
まあ、僕はここで一旦区切るんだけどね。

一階に降りるとオーナーがいた。
今晩お好み焼きパーティーをするらしく、参加することに。楽しみだ。

「この宿、一泊2,000円でやってけるんですか?」
「いい質問だね」
答えてはくれなかった。まあ、そういうことなのだろう。



午前中はリクくんと近所の文房具屋へ行く。
彼の今後のヒッチハイク用のスケッチブックとペンを買うのだ。

僕は僕で探しものをしていた。
ポストカードサイズの画用紙と、コピック。

絵を描きたいと思うようになっていた。
描いて、お世話になった人たちに送りたい。

鬱になってしまった4月には消え失せてしまっていた絵を描きたいという願望が
ここにきて復活していることに我ながら驚く。
そして、すごく嬉しかった。

そのお店には目当ての商品が無かったので、
宿のスタッフさんから教えてもらっていた別の大きな画材屋さんに行ってみることにした。
遠いので、レンタサイクルをする。ついでに温泉にも寄ってみよう。



道後温泉駅の近くで自転車をレンタルし、まずは大街道へ。
画材屋に行くと…ありました!画用紙、コピック。

早速描いてみる。
道後温泉の本館の絵を描いた。ひさしぶりなのでうまくペンが走らないけどまあいい。
描くこと自体が楽しい、それが一番。

近くで売っていた地ビールを描い、絵を添えてシロさんちに送った。
お世話になりました、と。泊まらせてもらったわけだしね。

続いて石手寺に行き、境内のスケッチをした。これは縁があったリクくんにプレゼントする用。
裏に「縁に感謝」かなんかの思い返すと恥ずかしいメッセージを書き込む。旅の恥は掻き捨て。


ひととおり予定してたことが終わったので、温泉へ。
49番浄土寺の近くまで戻るけど、そのそばに「たかの子温泉」がある。
ここ、実はお遍路0日目の宿で会った通し打ちのおばちゃんから勧めてもらっていた温泉。

その人は、ずっと足が痛くて引きずりならが歩いてたけど
ここの温泉に入ったらすっかり良くなったと言っていた。

というわけで気になってた温泉、まあきれいな施設だし広々してるし、いい温泉だった。
道後から少し遠いのが難点だけどそのぶん希少価値はあるような感じ。
少なくとも道後温泉のよ特徴のない泉質よりは温泉感はあるので、オススメ。



夕方、気持ちよく自転車でぶらぶら帰っていたら、繁多寺付近で見覚えのあるお遍路の後ろ姿が…

……!
あの土佐久礼で出会った!超高速マルさんではないか!

もうここまで来てたのか(笑)速い…
ぼくの足摺の車ワープ分をもう追いついたってことだよなぁ。

思わず声をかけた。先方も驚いてたけど、それは僕が自転車に乗っていたから。

「あれ?なんで自転車乗ってんの(笑)」
「松山で打ち止めにしたんですよ、今日は宿に連泊してて休養日なんでブラブラしてました」
「えー区切っちゃうの!」

マルさんは道後よりも少し先のビジネスホテルに予約を入れているようだ。
リクくんにも会わせたいし、夜にどっかで待ち合わせしましょうと、連絡先を交換した。

ここでもまた、不思議なご縁があったようだ。



宿に戻ったら、リクくんがいなかったので電話してみた。じきに宿に戻るとのこと。
帰ってきたリクくんに、早速マルさんに会ったとの報告をした。
当然笑っていた。

そして、石手寺で描いたスケッチを渡す。
「こんな才能が…(笑)」「大切にします!」と喜んでくれて、嬉しかった。
これまた押し付けがましい感じもしたけど、せっかくの縁だったから。
気持ちのお接待ということで。

自己完結ではなく、誰かのために描くという絵もまた、いいもんだなぁと思った。



宴会がはじまった。レッツお好み焼きパーティ。

オーナーに、道中出会ったお遍路仲間と会うのでその時少し抜けます、と伝えると、
その人も連れてくるといいよ、と言ってくれた。
その手があったか!というかオーナーさん優しい。肩の力が抜けてる。

つってもなかなかマルさんは来ないし、メールも返ってこなかったりして、
誘った自分としてはちょっとじれったく思うところもあったけど、
なんとか1時間かそこら経ったところで到着。
温泉に行ってから連絡とれなかったんだって。ああそうか。

ビールと高級(だが安売りしてたという)肉を手土産に。
なんか、土佐久礼の時から、もらってばっかりだな。申し訳ない。

そしてさらにその後、出張で来たという同年代のサラリーマンの男性も加わった。



話題はまず、お遍路について。

オーナーはその明るくフレンドリーなキャラクターに加え、話が上手かった。
お遍路さんが多く泊まることもあって、遍路に関する知識やネタが尋常じゃなく豊富。

職業遍路から教えてもらったという句を教えてくれたり、
職業遍路に宿のタオルをよく採られるという体験談を語ったり。

このゲストハウスは「遍路ころがし」ならぬ「遍路ごろし」という。
なぜなら、この宿でリタイアしてしまうお遍路が多いからだそうだ。

何を隠そう、僕もここで最後だしな…って、ぼくは宿に来る前からここで終えると決めてましたし?

ここの居心地の良さ、オーナーやスタッフの「あるがまま」な生き方にほぐされて、
お遍路すべてを回りきる!というピンと張った糸が切れてしまうのかもしれない。

或いは、遍路を止める理由を探している者が、その理由をここで見つけてしまうのかもしれない。

「お遍路は悟りを目指す旅だけど」
「全部回る!というのが悟りの境地から一番遠いんだよね」
「だから途中で悟るとお遍路をやめちゃうの」

オーナーはそう言う。

たしかにそうだ。

88箇所回るという目的を達成したいという「欲」を満たすということ自体が、
遍路によって悟りをひらくということと相矛盾する。
でも、そうするとお遍路という存在って一体…(苦笑)。


あとで聞く所によると、これは「煩悩即菩提」という概念らしい。

煩悩の概念そのものがなければ、相対的な悟りの概念もない。
煩悩を離れて菩提は得られないし、また逆に、菩提なくして煩悩から離れることはない。
色即是空、空即是色。

生きている以上、人から欲が無くなることはない。
物事に執着する(煩悩)=88ヶ所すべて回りきるというのが悟りの対極にはあるけれど、
その88ヶ所回りきるという欲や煩悩があってこそ、その先に菩提があるということだ。

そうすると、僕らがこうしてコンプリート目指して歩いているのも意味はある、と思えるよな。



だんだんお酒がまわってきた。

マルさんとオーナーはおそらく同年代っぽく、すっかり意気投合したようだ。
連れてきて良かったなと。

マルさんはお遍路2回目だと思ってたけど、じつは3回目だということが判明!
「全然悟れてないじゃないですか!!!!」と大声で煽ってしまった(笑)

彼は彼で
「いま足の調子がとても良いから、このペースなら20日で88ヶ所回りきる自信がある」
とかめちゃくちゃなことを言っていて面白かった。
そして必然的に
「君も最後まで行けばいいじゃん、次の病院の日までに絶対結願できるよ」
と煽ってくる。いやー…、それはそうなんですけどね(笑)

近くにピンク街がある関係で、少しエロい方向の話題も出た。
その都度オーナーが「不邪淫ですよ!」とツッコミ入れてくるのはもう笑う。
お遍路ならでは感。それがいい。
※不邪淫:十善戒のひとつ



夜も更け、宴会はお開き。終電を逃したマルさんは、歩いてホテルまで帰ることに。
僕とリクくんとで表の道路まで見送りに行った。

何を喋ったからは覚えてないけど、お互いの旅の無事と健闘を祈って、
握手して別れた。

速いペースで小さくなっていく彼の背中を見る。
もう会うことは、本当に、ない。



宿に戻り、数人を残して語り合いを続けた。

出張中のサラリーマンは、島巡りが好きらしい。
まあ、出張でこういうゲストハウスに泊まるくらいだから旅好きなのは当たり前か。

仕事との向き合い方、将来のこと、今後の身の振り方…。
同年代ということもあってか、僕と同じような悩みをもっていた。

酒+夜+非日常な空間。こういう場で知らない者同士で語られる本音トークは好きだ。


この充実した時間。
明日、お遍路をやめて帰るのが信じられない。
この空間にいつまでも居続けたい、旅をし続けたい。

でも僕はここで一旦区切るのだ。染み付いた煩悩を一度断ち切るためにも…。
でも帰りたくない…

もし7月も続けて休職するのなら…ここにもう一度泊まって、ここから再スタートしよう。
そう言い聞かせる。



本当に楽しい宴会だった。
旅の最後の日にふさわしい、夜。
ありがとう、みんな。ありがとう、ゲストハウスF。

C日目


煩悩遍路23日目「最終日、そして、縁あって…」―菩提の道場―

23日目

雨の最終日。

久万高原町の中心部へ国道を下ってゆく。
足は痛いし気力も無く、天気も天気なので、ここから三坂峠まではバスを利用することにした。
十数キロ、3時間くらいのワープ。

峠からは、46番浄瑠璃寺まで、ぬかるんだ下りの山道をしばらく歩く。
眼下遠くに見えるのは…松山だ。
四国ナンバーワンの都会。人気のない道を含めずっと歩いていると「都会」の特異性がよく分かる。



11時前に46番浄瑠璃寺に到着。なんか植物にあふれたお寺だった。

ここからは47番八坂寺、48番西林寺、49番浄土寺、50番繁多寺、51番石手寺と、
15km以内にお寺が密集している。
お寺の密集具合からも分かる都会らしさ。

石手寺で一旦打ち止めとなる。そこまでがんばって歩こう。



雨の日であったが、今日も沢山の出会いがあった。



まずは、昼過ぎ、空腹で辿り着いた西林寺近くのうどん屋さんにて。
食べ終わったあとお店を出ると地元のおばちゃん達が並んでいた。
軒下でそそくさとレインウェアを着ていると話しかけてきてくれた。

雨の中よう歩くね~みたいな話だったと記憶してるけど、一番心に残ってるのはこの言葉。
「旅の目的はなに?」
う~ん、目的は…何だろう。歩いてみたかった?色んな人に会いたかった?鬱の治療?
うまく答えられなかったけど、こうした優しい会話は心があたたまる。

この質問は、この場所以降、特に香川でのちのち頻繁に聞かれることとなる。



一方、とあるお寺ではバスツアー遍路のおばちゃんが狙い定めて話しかけてきた。
「わたしは10年前20kg背負って歩いたの」
「お兄さんの荷物小さそうだけど野宿はしてないのかな?(笑)」

…うっさいわ!(笑)
なんやねんその嫌味っぽい言い方。野宿してますがな。
昔と違ってコンパクトに収納できるんだよーだ。

と、反論したかったけど言ったところで意味ないので、軽く愛想よく会話して退散した。



石手寺の手前では、下校中の小学生集団と挨拶をした。
ちょっと道に迷ってたので話しかけてみた。

「石手寺に行きたいんだけど、どっちに行けばいい?」
「この道をずっと行けばあるよ!」
「ありがとう!」
「お兄ちゃんはどこから来たの?」
「石川県だよ!…あ、歩いてきたのは徳島県からだけど(笑)」

みんなちょっとざわついていた。

「君たちもいつか…ぜひ歩き遍路してみてね…!」
そう言って、彼らとは別れた。

雨の中びしょ濡れになりながら、遠いところから歩いて来たという大人を見て何を思っただろうか。
ただ歩くためだけに、自分の住む町に全国全世界から多様な人が来る。それがここの日常。
四国という土地は本当に面白いなと、改めて思った。



最後に辿り着いた51番石手寺は、デカかった。
実はこのお寺に来るのは3回目。
道後温泉から歩いてすぐ来れるので、興味あって寄ったことがあったのだ。
でも、今回歩き遍路として他の札所を見た上でこのお寺に来ると、
その異様さと規模の大きさがよく分かった。

何が異様かは、是非自身の目で確かめていただきたい。面白いので是非。



時刻は17時。
目標としていた石手寺をクリアしたので、あとは宿へ行くだけ。
昨日の朝に予約したゲストハウスF。道後温泉駅から目と鼻の先にある超好立地。でも格安。
どんなゲストハウスだろう。

玄関を開けると、オーナーではなく若いスタッフの男性が応対してくれた。
入ってすぐ、その居心地の良さが感じられた。入ってすぐに共同スペース。ごろ寝できそう。

すぐに連泊が可能かどうかを尋ねてみた。OKとの返事。よかった!
6月は閑散期のようだ。
明日は1日のんびりできる。

スタッフが尋ねてきた。
「お遍路ですよね」
「そうです、でも松山で区切って一度家へ帰ろうと思ってて」

「ドミトリーには一人数日間連泊してる歩き遍路の子がいるよ」
「へー誰だろう」


簡素な宿帳に住所氏名を記入しているとき…何行か上に見覚えのある名前が記入されていた。
……えっ、リクくんじゃないか!
えっまさかこの宿に泊まってたの????
…と思ってたちょうどそのタイミングで、玄関の扉が開いた。

リクくんがいた。「え?」
彼もまた、自分以上に驚いていた。

まさか、ここで再会するとは!!

2人とも笑い転げていた。
まさか、まさか!ここで?(笑)



高知県に入ったばかりのお寺Mの通夜堂、青龍寺近くの国民宿舎T、七子峠、その他の道中…
しばしば出会って、寝食を共にし、同じ数だけ別れてきた。

一週間前、岩本寺まで一緒に歩いたあと、
リクくんは足のマメの診療のために病院へ行くと言って電車で先に進んでしまったし、
僕は僕で、足摺岬をイレギュラーに車で往復したし。

そんな、お互いバラバラに歩いてたはずなのに、
最後の最後でこんな離れたところで会うとは。

そもそも、最初に宿泊しようと考えていたSゲストハウスが臨時休業じゃなくて、
もしそちらに泊まっていたら、会うことは無かったわけだよな。



「縁のある人とは3度会う、と道中で地元のおじさんに言われたんですよ。
ほんとにこれは縁ですね!」と彼。
そうだなぁ、縁だなぁ。

旅の最後の弘法大師さんのサプライズと本気で思った。
お遍路は、おもしろいな……。



再会を喜んだあと、僕はとりあえず温泉と夕飯を食べに外出した。

「松山に着きました、ゲストハウスで連泊してここで一旦区切ろうと思います」と
シロさんにメールをしたら、すぐに電話がかかってきた。

「松山までよく歩いたね。おめでとう」
「お遍路再開したら教えて。また会いたいね」と。

気にかけてくれているのがとても嬉しかった。



相変わらず混んでいる道後温泉にて疲れを癒やし、
アーケード内のお店でカツ丼を食べた。満足。この旅でカツ丼は何度目だろう。
身体がタンパク質を欲しがっている。



コンビニでポテチを買って、宿のスタッフとリクくんと一緒に食べた。
スタッフからは、自作のプリンをご馳走してもらった。びっくりするくらい美味しかった。

宿に戻ってから寝るまで、リクくんとの話は絶えなかった。
つもりにつもった話をした。
誰に会って、どんな体験をして、どのルートを辿って、いかに感じたか…。



メモ帳に書き記しているものを列挙する。



遍路玄人は情報をたくさん持っているが、面倒くさい。
初めてか2回目の歩き遍路は、新鮮な出会いをお互い求め、楽しめてる印象。

歩き遍路の醍醐味は「出会い」。

2回目の遍路をする可能性はあるか?という話題。
普段の生活で、新鮮な出会いに飢えたら、2回目も来るかも。…と言いつつ、
同じ旅を2度することは無いようにも思う。前回の旅をなぞるだけになるかもしれないし。
番外札所も含めるならアリかも。もしくはスペインのサンティアゴ巡礼か。

60代の会社リタイア後に歩き遍路している人はよく見るけど、
僕らは40年分先にこの経験をしている。
これは今後、自分たちの強みになる。直接ではなくとも、きっと何かに活かせる。



リクくんの足のマメの様子を見せてもらった。
全然治ってないどころか、更に悪化しているようだった。一応薬は飲んでいるようだけど。
この宿にも数日滞在し、足を休めているらしい。

歩くのではなくて、ヒッチハイク遍路に切り替える、みたいな話になり、
明日、近所の文房具屋さんにスケッチブックを買いに行ってみることにした。

ぼくも買いたい画材があったし。



6月1日に再開した2回目の区切り遍路。16日かけて松山まで辿り着いた。
この旅も、ここで、今夜終わりとなる。

その最後に用意されていた嬉しいサプライズに感謝しつつ、
お遍路のことのみならず、これからの人生についてもとりとめもなく話し込んだ、良い夜だった。

明日はもう歩かなくていい。
布団の気持ちよさを噛み締めながら、日付が変わるころ、眠りにおちた。


23日目(2)


煩悩遍路22日目「疲労の限界」―菩提の道場―

22日目(1) 

はじめてテント無し寝袋のみの野宿をしてみたが、案外大丈夫だった。
山深いところなので夜は多少冷えたけど、屋根があるから夜露は問題なかったし、
寝袋にすっぽり入って快適だった。

今日も朝の6時から、峠を目指して歩く。

のっけから足が痛い。
体重+α荷物15kgが肩、腰、足にくる。
マメはまあ許容の範囲内だけど、疲労骨折してるんじゃないかってレベルで足の裏が全体的に痛い。
歩くたびにジンジンとした痛みが襲ってくる。
骨の表面がトゲトゲになってて、それが皮膚の内側から針を刺してくるような…。

足の痛みと歩くことのマンネリ化、正直しんどかった。
特に誰に会うこともなく、国道の緩やかな坂道を進む。
歩き遍路は一人ひとりペースが違うから、ずっと仲間とワイワイできないってことは分かっている。
でも…人恋しい。

明日、松山に着いたらもう一旦区切って帰ろうか…。
このまま最後まで歩き続けられる体力はもうないように思われた。



携帯の電波が圏外になる前に、明日の夜の宿の予約をすることにした。
3年前のスケッチ旅でお世話になった道後のすぐそばのSゲストハウス。あそこにまた泊まろう。
と思ってウェブサイトをチェックすると、なんと!しばらく臨時休業だった…。
オーナーが旅行かなにかに行っているらしい。

ええ…このタイミングでそりゃないよ空海さん…としょんぼり。

まあ仕方ない。
気を取り直して、安宿リストに載っていたこれまた道後のすぐそばのゲストハウスFに電話。
こっちのほうが料金は安く、1泊たったの2,000円なのだから驚きだ。
結果オーライということです。

とりあえず、明日の宿確保だ。



「上畦々(かみうねうね)」という面白い地名を過ぎ、アスファルトではない山道を進む。
道沿いには人工林や椎茸栽培所などがある。このあたりを仕事場にしている人もいるのだな。

この旅で、自然、山、樹木、植物を対象として働いている人を見てきた。
どんな場所にも、たとえ限界集落であっても、人は働いている。



10時半、歩き始めて4時間半が経ち、ようやく鴇田峠(ひわたとうげ)へ到着。標高790m。
もう、しんどいしんどい言うのもしんどいくらいしんどかった。
普通の山登り程度の峠だけど、ここまで歩いてきて蓄積された疲労と枯渇した気力では辛い。
心なしか急登だったし。

ここから久万高原町まで標高にして300mほど下る。
峠にあった看板によると、昭和30年頃までは手前の地区とを繋ぐ主街道として賑わっていたらしい。
なんと茶屋もあったそうで…。ほんまかいな。

高知と愛媛との県境の松尾峠もたしか似たようなことが書かれていた。
兵どもが夢の跡…意味は違うけどそんな感じの雰囲気。



先へ進むと視界がひらき、町並みが見えてきた。
山々に囲まれた町、久万高原町。

見つけたお寿司屋さんに倒れ込むように入った。もう限界。

座敷に通してもらい、寿司うどんセットを注文。
机に突っ伏した状態でもう動けない。
ここから大寶寺、岩屋寺までいけるんだろうか。また山登りが待ってるぞ。

しばらくすると昼時になって店内が混んできた。
僕がいたのは4人用の机だったので、相席で、向かいにおばあちゃんと奥さんの2人が座ってきた。

よほど疲れた顔をしてたんだろうか、その2人が話しかけてくれた。
何を話したかほとんど覚えてないけど、
唯一、「汗まみれで臭いですが、どうぞ」と最初に言ったのだけは覚えてる。

店員のおばちゃんにも激励の言葉をもらって、再出発。
夕方までに45番岩屋寺を目指す。



まずは町中にある44番大寶寺。
そして、そのまま山の中へ…。

ここからは県道12号線を通るか、2.8kmに及ぶ八丁坂ルートを通るかの2パターンある。
八丁坂ルートは修行の山道らしい。

疲れてるけどなんだかんだでやっぱり八丁坂を選んだ。
足元がアスファルトじゃないほうが足の痛みが和らぐ気がするし、
雨も降ってないからなるべく遍路道を通りたい。

長く険しい山道だった。展望もほぼないし、すれ違う人もいない。
木の葉が積もる細道を黙々と歩いた。金剛杖に体重の半分くらいを預けていた気がする。

八丁坂にも茶屋跡があった。昔の人はおかしい。



3時間ほど経ったころ、見慣れない岩が見えてきた。
いや、岩じゃない。崖だ。

谷のような地形に、垂直にゴツゴツとした岩壁が立ちはだかっている。
その上下に木々や苔が生え、その間を下っていく。

どうやら岩屋寺は目前のようだ。名前の通り、岩。
その荘厳な岩壁に見とれていた。
ここまで歩いてきて良かったと思った。

真っ赤な不動明王立像があった。怖いがこの場所にすごくしっくりくる。
元は山岳信仰なのだろうか?よくわからないが、
この辺り一帯の岩壁を一目見れば信仰心が芽生えるのも当然なような気がした。

多数の童子像の間をジグザグに下ると岩屋寺の境内に入れた。

八丁坂ルートをとる歩き遍路は、岩屋寺は裏側から入ってくることになる。
逆に車遍路の人は下側の正門を通って長い参道を登ってくるのだが、
どうやら88の札所の中で最も駐車場から遠いお寺らしい。
参拝者はだいたいみんな疲れている感じがしてなんだか面白かった。

車遍路の人からはたいてい「歩いてるんですか?すごいですね」といった言葉を
かけられるのが常なのだけど、
このお寺でのその言葉は、他のお寺でのそれよりも重みを感じた。
駐車場からここまででもかなりキツイのに…みたいな実感がこもっているような。

関係ないが、他の参拝客が自分のと同じ金剛杖を持っていたので長さを比較させてもらったら、
20cmくらいちびっていた。
普通はお遍路1周で10cmちびる程度らしいので…強く地面を叩きすぎなんだな、ぼく。

身体は疲労困憊だったが、そのしんどさとお寺の荘厳さという意味では
この岩屋寺というお寺は、強く印象に残っている。



さて、納経を済ませ、とりあえず食べ物を…ということで近くの売店に寄ってみた。
そこのおばちゃんが親切にもパンを数百円まけてくれた上に、野宿情報を教えてくれた。
少し下ったところの国民宿舎Fのそばにある建物の軒下でテントが張れるらしい!

これはかなりありがたい情報だった。
もうこの夕方の時間で、麓の久万高原町までのバスは無かったから。



国民宿舎Fに到着。日帰り入浴とレストランでの食事が出来るとのことで、活用する。
2日ぶりのお風呂。最高だった。

フロントの人と話していると、洗濯機や乾燥機もありますよとのことだった。
なんだよ、最高かよ…。
しかもその隣の建物でのテント泊もしっかり許可をくれた。ありがたい。

こうして思わぬ形で風呂、食事、洗濯、寝床を確保できた。



テントにもぐり、例によって明日のことを考える。
明日はいよいよ松山市街地入りだ。宿も確保済み。

正直いって体力・気力ともに限界がきているのは確か。

松山は交通の便が良い。再開時にアクセスしやすい。
区切るなら松山だ。よし、明日でお遍路は一旦中断しよう、決めた。
はじめは四万十で区切るとか言ってたのに、ここまで来れたんだ。十分じゃないか。



夜中に到着したちょっとめんどくさい感じの5回目の歩き遍路のおじさんに、
眠たいのに閉店間際の宿舎のレストランに連行され、ビールと遍路トークを強要された以外は、
なんとなくさっぱりとした気分で締めくくれた長くしんどい1日だった。

22日目(2)


煩悩遍路21日目「ほどほど」―菩提の道場―

21日目(1)

6月14日。2回目の区切り遍路開始から2週間が経った。

国道沿いの駐車場の夜はあんまり静かじゃなかったけどいつもどおり早朝に起床。
45kmくらい先の野宿スポットを目標にせっせと歩く計画を立てた。相変わらずだ。
分からない。何かに追われている感じがしていた。急がねばならない。



今日は大洲と内子という昔ながらの町並みが保存されている地区を通過する。
ここも3年前のスケッチ旅で来た思い出の場所。

9時ごろ、大洲を抜ける辺りで、昨晩寝ようとしていた十夜ヶ橋に着いた。

イメージと違ってコンクリの橋の下にコンクリの地面があって、風情はあんまり…(苦笑)
それでも、肘をついて横向き寝をしている姿の珍しい弘法大師の像と
「(前略)…この場所を四国霊場唯一の野宿修行道場にいたしました」の注意書きがあった。
ゴザも用意してもらえるらしい。面白そう。

ちょっと寒そうだけど、次回もし遍路することがあったら寝てみたい。



ふたたび歩き出す。
止まっている時と歩いている時はあまり感じないが、歩き始めると足全体に痛みがズキッとくる。
加えて、一昨日の雨の山越え以来足裏にマメがよくできるようになっている…。

そしてなんとなく靴が小さくなってるような気がする。
この2週間で足のサイズが変わってきているのは確かだった。長時間歩き過ぎか…?
靴紐を結び直してみても違和感は変わらなかった。



それでも先を急いでいると、前方に歩き遍路発見。
髭を伸ばしっぱなしの60代後半のおじさんだった。ここではマサさんとでも呼んでおこう。

マサさんは4月から、100日計画で遍路をしているそうだ。
1日の歩行距離は20km程度。同じ場所に数日滞在することもあり、
名所を巡ったり、知人に会ったり、絵を描いたりしているという。

ゆったりと、等身大の旅を満喫している様子が伺えた。
焦って先へ先へと進んでいる今のぼくとは対極だった。

今晩は内子で宿を予約してるとのことで、そこまで一緒に歩くことになった。
(なんと100日分の宿の予約を旅の出発前にすべて済ましているとのことでびっくりした。)



ぼくにとってはいつもより遅いスピード、マサさんにとってはいつもより速いスピードで歩く。
歩きながらいろんなことを教えてもらった。

「情報は人からもらえる。年をとった人はそれだけ経験も多いから、
仲良くなって色々教えてもらうと良い」

「お遍路で出会う人はみんな弘法大師だと思おう」

「旅先では立場や肩書きに関係なく、いち遍路として扱ってもらえるのが心地良いよね」

「お遍路では思ってもないドラマが生まれる。
この旅を映画にしてみたいし、他の遍路のドラマの見てみたい」

「スケッチした場所は忘れない」

人との出会い、そこから得られる情報や感情、ドラマ。
たしかに、歩き遍路の醍醐味は人との交流だなと、ぼくも思う。

100日かけてじっくりと歩いている彼は、その分、人との交流も多いのだろうか。
ゆっくりペースな分、同じ歩き遍路にはどんどん追い越されるだろうから、
「再会」というものはあまり無さそうだけれども。

でも、そこは比較するようなものではない。



一番印象的だったのは、「般若心経」の解釈だった。

般若心経=ほどほど=Don't mind (=Don't worry)。

「ほどほど」とはマイナスのイメージではない。
自分の能力を知っているからこそ適切な量・質の行動をできるということ、らしい。

今の自分にまさに必要な言葉だと思った。

1日40kmというペース、明らかに自分の限界を突破しているのは自覚している。
足の痛みと焦りがその証拠だ。
「ほどほど」のペースに戻すべきか…。

でも、今の気持ちを持ったまま、区切らずに88番札所まで行って結願したいという気持ちはある。
それはそれでアリ、だ。
でも、このまま焦ってハイペースで結願したとして、
それが果たして真の意味での結願たりえるだろうか?
単純に「全部まわりました」だけにならないだろうか?
菩提、そして涅槃の境地に至れるだろうか?

自分の中で何かしらの結論が出たら88すべてまわる必要は無い、とも教えてもらった。
逆に言うと、結論が出ない状態で88まわっても…



昼頃に内子に到着した。

ちょうどいい時間なので、一緒に愛媛名物の鯛めしを食べた。
有名な内子座にも寄ってみた。

ただ歩いて距離を稼ぐだけではない、
こうした歩き遍路同士での(或いは地域の人との)交流の時間を持つということ。

マサさんは内子で宿泊なので、今日の日程は終了。ぼくはまだ進む。
ここでお別れ。お互い良い旅を…!



ここからは久万高原に向かう緩やかな坂道を長く進むことになる。
山に囲まれた集落。川沿いの道、晴天。

近所のおばちゃんが急に走ってきて、大量のスモモをお接待してくれた。
疲れた身体に瑞々しく酸っぱい果物はめちゃくちゃありがたい。
ベンチに腰掛け、靴下を脱いで足を乾かしながら頬張った。



今朝目標にしていた野宿スポットはとうに諦めていた。
そこより手前にいくつか遍路休憩所があるらしいから、どこかでテントを張ろう。
川に降りれる場所があれば、そこで水浴びすればいいや。

と思っていたら、16半ごろ、シャワーの付いた休憩所を発見!!(もちろん冷水だけど)
寝袋を広げられるような1畳ちょっとのスペースもあるし、屋根も深いし、仮設トイレもあるし、
ここで寝ずしてどこで寝る?みたいな贅沢な休憩所だった。

日暮れまであと3時間あるけど、思い切って今日はここで休むことにした。

マサさんの言っていた「ほどほど」。
もしあの言葉を聞いていなかったらぼくはここから更に先に進んでいたのかな。

水シャワーを浴びてみた。ほてった身体が冷やされ、気持ちいい。
そして案外その後も身体があたたかい感じがする。

着替えを済ませ、寝床を作り、夕飯の菓子パンを食べながら川の音、鳥の声を聴く。
山の夕暮れは早い。辺りは次第に暗くなっていった。



日没ギリギリまで歩くのではない、歩き終わってから日没までの、
何をするわけでもないけどゆったり流れる時間を味わうという贅沢。

その幸せを、思い出した気がした。

21日目(2)


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