煩悩遍路29日目「与え与えられ」―菩提の道場―

29日目(1)

小雨が止んだタイミングで、ヨシさんより一足先に東屋を出発する。
最後までもう一息、楽しんでいきましょう。

今日は一日中曇り。梅雨らしい、じめじめした日だった。

10時前に、駅で知人と待ち合わせ。ツイッターのフォロワーさん。
つまり藤子不二雄作品のファン仲間。年齢はそこそこ離れてるけど。
ぼくの旅をツイッター越しに応援してくれてて、
ここを通るタイミングで会いましょうということになったのだ。
お久しぶりです!

勤務先の事務所に連れて行ってもらい、そこでアイスコーヒーをいただいた。
日曜日なのに上司の方もいて、お仕事大変ですねぇと。

長年地元に住んでるけど、遍路のことはちゃんとは知らないと言っていた。
お遍路さんも見かけるけど、関わることはないらしい。

これまでぼくは歩き遍路として各地の地元の人からお接待やら道案内やら受けてきたけど、
それは(特に市街地では)限られた人のみがやってるわけであって、
大多数はノータッチなんだろう。

今回、ぼくがお遍路として彼の地元にやってきたということが
ある意味、彼と遍路とを関わらせるきっかけとなったようだ。

お遍路のことを知りたいという意味も含め、三角寺まで一緒に歩いてもいいですか?と。
地図もプリントアウトしていたし、なんだか楽しそうだ。



お寺に向けての坂道がはじまった所で、近所の家のおばちゃんからペットボトル2本をいただく。
地元の人が地元の人からお接待をもらっているというちょっと面白い構図。

そこからのアスファルト山道は、歩き慣れてない人にはしんどい。
道が濡れてて滑りそうだった。そして湿気・気温ともに高くて汗が止まらない。
よくあるき続けてるねーと。

やはり体験しないと分からないことはある。
それは、歩き遍路自身もそうだし、地元の人にとってもそう。
歩き遍路経験者が歩き遍路によく声をかける理由はこういうところにあるんだろう。

12時、標高500mの65番三角寺に到着。
「歩き遍路を見かけたら、ぜひ声をかけてください!きっと喜ぶと思います」

ここからはぼくは雲辺寺に向かって更に山道を進む。
面白い経験ができた。



お接待について考える。

例えば友達や先輩からご飯をおごってもらうというのは、日常生活の中でよくある。
友達が自分の家に遊びにきたときに飲み物を出して一服してもらうというのも、よくある。

それが知らない人の場合だったらどうだろう。
知人でない限り、普通はそういうことはしない。
でも、ここ四国では、お接待という形で、それが現実に存在している。

今日会った彼にもコーヒーとお昼ごはんをごちそうになったが、
これは「おごってもらった」のか、「お接待」なのか決めかねる部分がある。

なぜなら彼は知り合いであるし、お遍路との接触もこれまでにほぼ無かったから。
でも、地元の人でもあるからその点ではお接待?

別にそこに線引きをしたいのではなくて、単に疑問というか関心をいだいた。

ここで結論を出すこともできないし出す意味も特に無いけど、
外部に住む自分が歩き遍路としてこの地にやってきて、
それがこれまでお遍路と接触がなかった地元の人と遍路とを何かしら関わらせるきっかけになって、
自分だけではなくこれまでの先人たちとその知人たちもきっとそういう出来事はあって、
もしそうした連鎖が今のお遍路およびお接待文化を支える力の一部になっているんだったら、
そのループ性というか再帰的側面が面白いなと思う。

僕が最後に言った
「今後歩き遍路を見かけたら、ぜひ声をかけてください!きっと喜ぶと思います」
という本心からの言葉も
きっと他のお遍路さんも似たようなことを思ったり誰かに言ったりしたかもしれない。
それが回り回って伝わって、ここまでの道のりで僕に「気をつけてね」と声をかけてくれた
大勢の人たちになったのかもしれない。



番外札所の椿堂で休憩をしていたら、バイクに乗ったお兄さんが声をかけてくれた。
ここではタケさんと呼ぼう。
アイスボックスには凍ったチアパックの飲み物が沢山入っている。
その一つをお接待してくれた。

タケさんはNPOで農業の仕事をしてて、今日は雨だからお休みとのこと。
「今日はどこまでいくの?」
「この先の民宿Oに泊まります」
「ここからだったらあそこしかないよね~」

どうやらお遍路にそこそこ詳しいようだ。



蒸し暑いこの道程で、凍ったカルピスウォーターは最高だった。
額や頬、首に押し当てて身体を冷ましつつ、融かして飲むの繰り返し。

そして今日で愛媛県とついにお別れ。
ついに香川県かと思ったら、一旦徳島県三好市を挟むようなルートとなっていた。
途端に車が徳島ナンバーになってて面白い。



今夜泊まる民宿Oは、こぢんまりとした建物で、ゆったりできて良かった。
宿泊者の99%はお遍路さんだろう。典型的な遍路宿だ。

居間の壁にはびっしりと過去のお遍路さんからの写真やメッセージが貼られていて、
愛されているのが伝わってくる。
本棚にはお遍路に関する書籍がたくさん。よく見てみると多くが自費出版の遍路体験記だ。
歩き遍路は自身の体験を何かしらの形でアウトプットしたいという思いが芽生えるらしい。分かる。
例に漏れず、ぼくだってこうしてブログとして形にしているし。

夕飯時には、宿の主人が66番雲辺寺までのルートを写真と地図つきで詳しく教えてくれた。
立て板に水とはこのこと。

宿泊者はぼくの他にもう一人いて、岩手からの29歳の男性だった。
このところ雨続きだし、最近はサンダルで歩いているらしい。
昨日会ったヨシさんとも抜きつ抜かれつしていたようた。

そして主人から聞いた話だと、100日遍路をしているマサさんが2日前に泊まったらしい。
マサさんは1日の歩行距離が短いから、結願までに追いつけるかもしれないなあ。



この宿に泊まった膨大な人数のお遍路さんは、このご主人と出会い、
旅情報のみならず笑顔と思い出をもらう。
そして、結願したのちに、彼らもまた、写真やメッセージ、本などを宿に送る。

ここにも、与え、与えられる循環がある。

29日目(2)


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煩悩遍路28日目「旅の総括に向けて」―菩提の道場―

今日の時点で、進んだ距離は既に全行程の8割に達している。

旅の道中に交わす会話の話題は、遍路同士、地元の人とにかかわらず、
これまでの旅の総括に関することが多くなってきた。

旅の終わりが、見えてきた。



7月9日(土)。
夜通し激しい雨が降っていた。深い屋根のある場所で野宿できたのは幸いだった。

朝になってもまだ雨はやまず、8時前まで東屋でうだうだしていると、若い歩き遍路がやってきた。
東京在住、通し打ちの絵描きさんだった。
生活のためにバイトもしつつ、油絵を描いてギャラリーに出しているらしい。
今回のお遍路は絵のモチーフ集めも兼ねているそうで、途中途中でスケッチもしているとのこと。

年齢はちょうど一つ上の27歳。そう、ちょうど。誕生日が一緒だった。
ぼくも絵が好きで趣味ですけど描いてます、と言うと喜んでいた。
不思議な巡り合わせだ。お互い笑顔になり、すぐに打ち解けた。

ここではヨシさんとでも呼んでおく。



雨も小降りになってきたので、出発。一緒に歩くことに。
石鎚神社の奥まに行きたいということで、少し戻るけど神社へと向かう。

立派な神社だった。敷地の面でも建物の面でも。
名前の通り、石鎚山を霊山とする山岳信仰の神社。

元々は神仏習合で、石鎚神社と64番前神寺は一緒だったけど、
明治時代の神仏分離によって廃寺となった。
明治11年に「前上寺」として再興、さらに22年に「前神寺」の呼称が再び許され、現在に至る。

という説明書きを読み、やっぱり山岳信仰に仏教が乗っかってた形なんだなと納得した。
前神寺という名前がすごく面白い。
ちなみに、60番横峰寺も当然石鎚山に関するお寺。

境内は少し高台にあるので、市街が眼下に広がる。霧がかって綺麗だった。
石鎚山への鎖場の写真を見て、すごいねぇと喋っていた。

そこからしばらく、また一緒に国道を歩く。
道沿いにあるスーパーに寄ってくとのことだったので、そこで一旦別れた。



昼ごはんに入った新居浜の蕎麦屋さん。
玄関に88ヶ所霊場の位置が書かれた大きな四国の絵が飾ってあった。
「新居浜に遍路のお寺は無いんだけどね」と笑いながらも、歓迎の気持ちが伝わってきて嬉しい。

実際、64番前神寺から65番三角寺までは40kmほど離れていて、
この新居浜を挟んだ区間を電車でワープする歩き遍路も少なくはないらしい。

店の主人だけでなく、お客さんからも声をかけられた。
自分のお遍路のこれまでについて話す。
そして聞かれる「目的は?」。
やっぱり一言では答えられないなぁ。一皮向けること。鬱治療。自分探し。etc.…



ここ新居浜には、四国中で一番有名と言ってもいい休憩所・善根宿Hがある。
名物のおばあちゃんが運営しているのだ。
テレビでお遍路特集の番組が放送される時は、高確率でこの善根宿が紹介されている。
ラストスパート、ここで新たな優しさをもらって、遍路達はまた歩き出すのだ。

そういえば前に出会った100日遍路をしているマサさんも、ここに泊まりたいと言っていた。

せっかく(?)なので、寄ってみることにする。ガレージが休憩所となっていた。
昼間ということで人気はない。
挨拶だけでも…と思い、奥の方まで行ってみると、おばあちゃんの姿が見えた。

この暑さのせいもあるのだろう、ちょっとしんどそうだったので、出てきてもらうのも申し訳ない。
ほんとに挨拶だけして、あとは休憩所でゆっくりさせてもらった。
かなりのご高齢だった。善根宿をやってくのもそろそろキツイんじゃなかろうかと。



しばらくすると、ヨシさんが追いついてきた。また少し、お喋りをする。

ぼくは休職前にデザイナーへの転職をしようともがいていたこともあって、
絵という点で近いアートの世界で生きているヨシさんを見て正直なところ羨ましいと思った。

その佇まいからは、自分でしっかり軸を持って生きているように見える。
一歳差とは思えない落ち着いた雰囲気。

彼はまだゆっくりしていくとのことだったので、ここで再び別れて、ぼくは先に進む。
雨はすっかりやんでいた。



四国中央市に入り、17時に、野宿予定の東屋へ到着。
すぐ隣にある番外札所の住職にも野宿の許可を得ることができた。
たまにお酒を飲んでうるさくする遍路さんもいて、近隣の住民の人に迷惑かかるから、
話し声には注意してねとのこと。やっぱりそういう人もいる。

教えてもらった近所のスーパーに夕飯を買い出しに行き、東屋のベンチで静かに夕食。

地元の高校生男女2人がそばのトイレに一緒に入り、30分ほど出てこなかった。
何をしてたんだろう…



今日も一人で寝るんだなぁと、寝支度をしていると20時頃にヨシさんがやってきた。
善根宿に16時までいたらしい。いくらなんでもゆっくりしすぎじゃないかと笑った。

彼はスーパーで買った食パンに、刻みキャベツとハム、そしてマヨネーズをかけて
即席サンドイッチを作っていた。THE・自炊組。

そんなたくましいヨシさんと、再び、寝るまで沢山の話をした。

アート、さらに発展して人生設計に関して。
「歩くことって、昔の人のものの見方を追体験することになるよね。遠景よりも近景をよく見る。その視点の違いは結構大きいと思う」
「自分の描きたい絵を描くか、売れる絵を描くかという問題にはぶつかる」
「自分の生き方の核となるコンセプトがしっかりあれば、その表現方法は何でも良いんじゃないか。わざわざ二足のわらじをしなくても、他の職業でだって、その職業なりの表現ができるはず」
「紆余曲折してる人は強い」
「自分がアートの道を選んだのは消去法。他に選択肢はなくて、これでやるしかない、と」

ぼくの悩んでいること、考えていることについての相談。
「人に嫉妬すること…自分ももちろんあるけど、それで落ち込むことはないかな。その人のスキルを認めて、自分は自分と落とし所を見つけられるようになれたらいい。楽になる」
「人と比べて落ち込むのは、向上心があるということでもあるから、その意味では良いこととも言えるね」
「ちかひらさんの“用意周到な野宿をしてしまう”という話は、君らしいエピソードで非常に面白い。しかもそれが実体験に基づいた話なのも良い」

あと一週間でお遍路が終わっちゃうという話題について。
「濃い日々だったからわりと満足してるよ。だからいつ終わってもいい。寂しくはないかな」

あー。良い人だな。この人は。
人間が出来てる。

羨ま……
いや、なんでもないや。



お遍路の再々スタート以来、久々の若い歩き遍路との交流ができたという事実。
こんな梅雨の時期に、貴重な出会いだったと思う。

お遍路があと一週間で終わってしまうという事実が迫ってきている。
ぼくは…正直、寂しいかな。

どんな気持ちでこの旅を締めくくろうか?
明後日にはもう、香川に入る。

28日目


煩悩遍路27日目「プラスアルファ」―菩提の道場―

27日目(1)

雨です。そりゃ梅雨だもの。

宿の女将から、荷物は下山するまで宿に置いていっていいですよと言われたので、
お言葉に甘えて寝袋やテントなど野宿用具一式をザックから抜いた。
5kg減くらいだろうか。随分と軽く感じる。
一気に体重が軽くなったようで、逆に歩行時のバランスが取りづらくも感じた。



6:30、朝イチで標高745mの横峰寺への登山を始める。
家で時間をかけてメンテしたレインウェアは……開始30分で撃沈。
もう新しいの買う。ってお遍路に来てから何度思っただろう。
(新しいのを買ったのはその半年後のことでした)

自動車道の高架をくぐり、砕石場の横を抜け、山道・林道をジグザグに登ってゆく。
雨の山道はしんどいが、しとしと葉を叩く雨音や霧がかった荘厳な景色は今だからこそ味わえる。

9:30には60番横峰寺の境内に到着した。
完全にびしょ濡れになるこんな日も、歩き遍路の姿は見える。

その人は白髪のスポーティーなおじさん。お遍路初回、順打ち。
昨日は麓のもう一つの民宿Sに泊まったとのこと。
その宿でも横峰寺までの近道の地図をもらえるらしい。なあんだ(笑)

境内をウロチョロしたり、休憩所で缶コーヒーを飲んで一服したり。
雨+山の上ということで、次第に涼しくなってくる。

晴れていれば、奥の院の星ガ森から鳥居越しの石鎚山が拝めるようだ。
でも今日は雨。
やっぱり晴れが良かったなとは思うけど、また来ればいいだけのこと。山は逃げない。
と、登山者っぽいことを言ってみる。



今夜の宿は予約はしていない。でもなんとかなるだろう。
64番前神寺の近くに温泉がある。夕方までにそこに着いて、汗を流そう。
近くに東屋があるらしいので、そこで多分野宿できる。

というわけで、横峰寺さえクリアしてしまえば、あとはもうスケジュール的にも心理的にも余裕だ。
しっかりと休憩した。



一時間ほど経ち、境内を出ようとしていたら、地元のローカルTV局がお遍路の取材に来ていた。
で、当然インタビューされる。歩き遍路ですから。

「どこから来たんですか?」
「なぜ来ようと思ったんですか?」
「実際に歩いてみてどうですか?」

うーん…
なぜと言われても、「鬱になったから」とか言うとテレビ的に重いし…とか
色々頭フル回転させながらもまとまりなく喋ってしまった。
歩いてみてどうか?という質問には、地元の人が優しいです回答したような記憶がある。

ま、旅の良い思い出にはなったのは間違いない。
それにしても、カメラ向けられるとペラペラ喋っちゃうこの現象はなんなんだろうと思った。



下山。
途中から往路とは道を変え、白滝奥之院を通過して61番香園寺へ。
こんなお寺の位置が入り組んでる所でも律儀に番号順に打つあたり、自分らしいなと思う。

続いて62番宝寿寺も打った後、その足で宿に戻って荷物を回収。
ありがとうございました。無事下山しました。

荷物の重さが帰ってきた。重い安定感、慣れてるとやっぱりこっちがいい。



17時前に、ぎりぎりの時間で64番前神寺に到着。
雨ということもあってすっかり人気の無い境内。思ったより広く、雰囲気のあるところ。
納経所のお坊さんに話しかけた。

「すみません、このお寺には通夜堂はありませんか?」
「通夜堂は無いけど、すぐ下の東屋でよくテント張ってあるよー」

と、用意されていた細かな地図つきで丁寧に教えてもらった。
加えて、近くの温泉や夕飯を食べられるお店の情報も。

東屋のことは正直、ネットで予め知ってはいた。
でも、こうして現地でお寺の人に教えてもらうと心強いし、情報の確証性と野宿の安心感が違う。
ありがたいことだ。

きっと同じ質問をする歩き遍路が多いとは思う。
そういう状況に対して、親切に野宿場所やその他の情報を教えるという対応を選んだこのお寺は
歩き遍路からすると非常に助かる存在だなと感じる。
勿論、そういった親切な対応を裏切らないような常識ある行動が
歩き遍路には自ずと求められるわけだけど。
残念ながら、全員が全員そうした行動をとれるわけじゃなくて、
野宿禁止となった場所が少なからずあるのが悲しいところ。

翻って、自分が果たしてちゃんと常識ある行動のみ出来ていたかと言われると、
はっきりYesと返事できなかったりするのが悔しい。



東屋の場所と先客がいないことを確認してから、湯之谷温泉へと向かう。
温泉のスタッフの方は、濡れた靴を少しでも乾かそうと親切にも新聞紙を用意してくれた。
硫黄混じりのいいお湯で、雨で冷えた身体があたたまる。最高だ。

振り返ってみれば、お遍路を再スタートしてから、昨晩の民宿は除いて、
24日目、25日目、本日27日目と、野宿の日は必ず夕方に日帰り温泉に寄っている。
というか、温泉の位置を確認して野宿場所を決めていると言っても過言ではない。

歩き旅に慣れ、長距離歩行という煩悩からも解放され、
今、心の余裕をもって歩いている自分は、
そうした状況で、何かプラスアルファの楽しみというものを見出だせるようになっていた。

以前はトイレが近くなることを恐れて避けていた大好きなコーヒーを毎日飲むようになったり、
1日の疲れを癒やすため温泉を積極的に利用したり。

温泉への執着はこの後も断続的に続いた。
温泉代七百円は出すけど、宿代三千円はケチって野宿するという、
パット見、それほど節約できてない感のある行動も多々見られたけど、
それはもう、そういう価値観で生きてるということで自分を解釈するしかないなと思う。

何を外して何を外せないか。何にお金を費やせるか…。

お金を払ってでもやりたいこと。
多少疲労してでもお金をかけずにやりたいこと。
ケチって省略しても構わないこと。

そういったものが、こうした旅を長く続けていると見えてくるのは間違いない。



いい意味でストイックさが無くなってきているとも言える。
いわゆる修行からは遠ざかってはいるけれど、これはこれで必然の流れ。

自分なりの「菩提の道場」観が掴めてきたと実感したのはこの頃だった。


27日目(2)


煩悩遍路26日目「ここは四国のこのあたり」―菩提の道場―

26日目(1)

目覚めてテントから起きると、例のお店のおばちゃんとお酒のおじちゃんが朝から話しかけてきた。
昨日も喋った内容と一部重複してたけど、まあそんなもんだろう。

今日も暑くなりそうだからと、おじちゃんは自動販売機のお茶をお接待してくれた。
申し訳ない。関わりを避けようとしていた自分が恥ずかしくなった。

この人は、子供を育て上げてもう独立したと言っていた。
そんな人でも、こうして平日の夜に公園の東屋でお酒を飲んでひとり夜を明かすような
事情があるのだろうか。
色んな世界がある。この人間という世には。



今日は今治から一気に南へ下り、伊予小松へ進む。

「愛媛県なのにどうして進路が南になるんだろう?」と思って全体地図を見てみたら、
なるほどと合点がいった。
プーマの顔が無くて左右反対になってる愛媛県の形の、
その切れた首から前足の付け根にあたる縦の部分に自分はいるのだ。
東側に海が見えるのもよく分かる。

日常生活の中で、頭に日本地図を描き、今自分がどの辺にいて、
どこからどこまで歩いていると思い描くような体験はそうそう無いだろう。

お遍路中はしばしば、こういった感覚がふと湧き出す。
特にぼくの場合は、後半になると常にこのことを意識していたように思う。

現地点が四国という島のこの辺にあって、自分はこっちを向いている。
ぐるっと廻ってきたんだ…と。
こういうのもきっと、歩き遍路の醍醐味。

そして、日本地図レベルの縮尺でも分かるくらいの長距離を歩いたんだという不思議な感覚。
達成感というか、充実感というか。



10時頃、58番仙遊寺に到着。標高255mといっても思ったより山の上にあった印象。
区切り打ちの人だろうか、女性が手前の山門でかなり疲弊していた。
頑張りましょうと挨拶をする。

このお寺は宿坊もあって、風呂ヨシ、精進料理ヨシ、とのこと。
実は(とっくに結願していた)マルさんから、
松山以降の見どころやオススメ宿、グルメなどがびっくりするくらい大量に書かれたメールが
1週間以上前に届いていたのだった。
そのリストの中にはこの仙遊寺も入っていた。

そもそも宿坊というものに泊まってみたいし、
風呂ヨシ、精進料理ヨシとくればますます垂涎モノだったけれど、
残念ながら午前中の到着ということでタイミングが合わず、今回は見送る。



猛暑の中お寺に到着し、水をガバガバ飲んでいたら、車遍路のおっちゃんが話しかけてきた。
歩き遍路を通しで3回やったことがあるという。

「この時期の遍路は一番蒸し暑くて大変。でも思い出にきっとなるよ」

思ったのは、歩き遍路経験者は歩き遍路によく話しかけてくれるということ。
過去の自分を投影して、ほっとけなくなるのだろうか。

もしそうした連鎖があるのなら、それは素敵なことだな、と思った。



身体を冷ましてから、次の59番国分寺へと下山する。
視界の左奥に、今朝寝ていた今治市街と隣接する海が見えた。

あっちが北。
地図と照らし合わせた。



今日もゆったり歩きで、湯ノ浦温泉に入ってから5kmほど歩いて、
番外のお寺の通夜堂に泊まろうかなと考えていたが、
天気予報をチェックすると明日から3日間雨らしい。

次のお寺である60番横峰寺は標高745m。石鎚山の中腹。
なるべく雨の振り始めにさっさとクリアするのが良いと考え、
今夜は急遽そのすぐ麓にあるビジネス旅館Kに泊まることにした。
電話予約して、当日でも宿泊OKとのこと。

さあ、ちょっと歩行距離は伸びるけど、ラスト一息がんばろう。
正面には、たぶん雲に隠れている石鎚山。
晴れてたらなぁ。



夕方18時、予定通り宿に到着。
お遍路0日目に通し打ちのおばちゃんから勧めてもらっていた宿。
彼女が言っていた通り、横峰寺への近道(遍路地図には載ってない)を教えてくれた。

全然ビジネス感が無く、むしろ昔ながらの民宿って感じでいいところだった。
ここでも洗濯。野宿遍路は洗えるときに洗うが吉。

しまったなぁと思ったのは、夕飯。
当日予約、それも昼過ぎに電話したものだったから、
申し訳ないなと思って何も聞かずに素泊まりで予約したのだが、
どうやらこの旅館は食べきれないほどの量の肉鍋が名物らしく、
もともと肉屋さんかなんかだった関係で、多分当日予約でも用意可能っぽかった。

先客が肉鍋で満腹になっているのをチラッと見るにつけ、
コンビニ弁当で満たされない胃袋がちょっぴり切なかった。



朝から雨の予報だ。雨のなかの登山は正直嫌だったけど、この先3日間雨らしいし仕方ない。
晴れていたら百名山である石鎚山も登りたいなとか思ってたけど、これも叶わず。
せっかく山開きの週だったのにな。

清瀧寺~青龍寺まで一緒だったイタルさんはこの先の西条市に住んでいると言っていたので、
メールしてみたら、なんとちょうど今ヨーロッパに旅してるらしい。
お遍路区切った直後にヨーロッパ旅って、やっぱりフットワークの軽さがすごいなぁと思った。

いつでも遊びに来てくださいとのことだったので、
今度いつの日か、石鎚山登山実行の際に寄ってみよう。

と、何となく遍路地図を読んでいると、巻末の方に石鎚山への登山ルートも掲載されていた。
そこの部分の注意書き。

「修行の道は厳しい。
西条市と横峰寺は現在星ガ森―河口―成就杜の歩道に「通行禁止」の札を表示している。
天候に配慮して、注意して歩けば通過可能であるが、自己責任で対処してください。」

怖いです。



部屋のブラウン管テレビを見ながら、いつの間にか夢の中へ。
雨が降り始めた。

26日目(2)

煩悩遍路25日目「鼻歌交じりで」―菩提の道場―

25日目

夜明けとともに起床。
道の駅の朝は早い。テントの片付けをしていると既に施設の職員さんが開店前の準備を始めていた。


清掃員のおばちゃんと、地元のおばちゃんと喋ることができた。

この道の駅が出来て、ここの仕事に就いたおかげで毎日色んな人と喋れるし、
お給料で旅行やバス遍路にも行けて嬉しいと言っていた。

もちろんこのおばちゃんの持つ元々の活発さや明るさ、人との交流への意欲があってこそだとは思うけど、
そうした能力(?)が発揮されうるこういう場での仕事をするという選択もあるんだよなぁと
当たり前のことを感じた。

「若い人が歩いている姿を見るだけで元気が出るのよ」
この言葉には救われた思いがした。

今日も快晴。良い一日になりそうだ。



昨日に引き続き、海のそばの道を歩く。

海は水色、砂浜は肌色。
穏やかな波。
沖には島の緑がポコポコ見えている。
見えているのは島々かそれとも本州か?よく分からない。
時々砂浜に降りて、寄せては返す波を見る。

太平洋とはガラッと異なる景色。遠くまで歩いてきたんだなと、ここでも実感する。

鼻歌交じりで一人きままに。
心が落ち着いている。
長距離歩行の煩悩はすっかり無くなっていた。



菊間町。
ここでは至る所で製瓦屋さんをみかけた。どうやら瓦の町らしい。
壁一面のサイズの鬼の顔した瓦があったりして、壮観だった。

自転車に乗った作業着の一行がぼくを抜かして前方へ。
みんな社員寮で共同で暮らしているんだろうか。
なんとなくのどかな一場面だった。

おそらく彼ら勤務先の製油所に着いた。ここの工場の造形はかっこいい。



この近くに、「出る」ことで有名なお堂がある。
何かで見た野宿場所リストにも、泊まれるけどやめとけといったことが書いてあった。

ぼくはもっぱらこういうのに弱いので、勿論泊まりはしないけど、
一応気になるし昼間だから大丈夫だろうと思って寄ってみた。

まあ普通の…ちょっとさびれたお堂。
お布団もあるし、戸締まりはしっかりしてるし、湿気も…
トイレは…ちょっと遠いな…
ノートが置いてある…なになに、噂を聞いて泊まりに来たけど大丈夫でした?
ほんまかいな。

火照った身体が少し冷えてきたところで退散。
この記事の更新後、音信不通になったらお察しください。



進路はいよいよ完全に東向きになった。54番延命寺を越え、今治市の55番南光坊につくと、
今度は南向きに変わる。



山を越え、今治の市街地に入った。
そこの忠霊塔の公園で、昼間からお酒を飲んでいるおじさんと、近くのお店のおばちゃんと
しばし話しをする。

「歩き?」「野宿?」と質問され、
近場のルートや野宿可能場所など色々なことを親切に教えてくれる。
きっと似た境遇のお遍路さんみんなに同じことを言っているんだろうけど、
その優しさは独り歩きの身としてはとてもうれしい。

そんな中知ったのだが、どうやらこの公園は野宿可能らしい。
というか、このおばちゃんがやたらめったら勧めてきた。

妙に強く勧められ、なんだか怪しい気がした。
「また戻ってくるかもしれません」と伝えて、先へ進むことに。
まだ15時前だったし、ここから南光坊まではピストン区間なので、また戻ってくることもできる。



15時半、南光坊に到着。
ベテラン遍路の人から、ここの住職は面白いから話しかけてみて、と言われていた。
たしかに、雰囲気が面白い感じだったけど、特別なことを話したわけではないので
それ以上のことはわからなかった。

ただ、「このお寺の隅にテント張れますか?」と聞いたところ、
お堂の軒下なら大丈夫、ただしその場合は君の住所を知らせに来てね、ということと、
飲める水(水道水)はこの蛇口、それ以外は井戸水だから飲めない、ということも親切に教えてくれた。



とりあえず、野宿可能場所が近辺に二箇所あるという確証を得た。

近くに温泉があるらしい。今日は暑くて汗をびっしょりかいたから温泉に入りたい。
そして、洗濯もしたい。調べてみたところ徒歩圏内にコインランドリーもある。

というわけで、まだ時間は早いが、今日の歩きはここで終了することにした。
ほんと、お遍路を再々スタートしてから、のんびりモードになってる。
前回の距離稼ぎへの執着はなんだったんだろう。



温泉はメンズデーで、少し安く入れた。
「今日はメンズデーだよ」というただそれだけの話題で地元の人と少し会話して笑った、
そんな、ちょっとした良い話。

温泉→水風呂→温泉→水風呂…の繰り返しが、たまらなく気持ちいい。
歩き疲れた脚と、炎天下の中で熱を帯びた皮膚をケアしてくれる気がする。

さっぱりしたあとは、夕焼け空の下、コインランドリーへ。
近所の50~60代のおっちゃんが、昔自転車で青森まで行って、野宿してるときに
熊や鹿に会った話をしてくれた。

すれ違うだけで関わることの無かったかもしれない他人の人生にも、
その人だけの旅の思い出というものはきっとある。



コインランドリーからの距離的に、南光坊より忠霊塔の方が近かったので、
結局、昼間通った忠霊塔の公園にテントを張ることにした。

お酒を飲んでいるおっちゃんはまだベンチで寝ていた。
失礼だけど、関わるとちょっとめんどくさそうだったので、少し離れた場所にテントを張った。
一人でゆったり、テントの中で夜を待つ。
日が暮れると、暑さは少し和らいだ。

もう、夏なんだなぁー。



昨日と同様、25kmほどしか歩いていない。
無理をしない範囲で歩き、結果、夕方には温泉でくつろげ、地元の人との交流の時間を多く取れる。

いいペース。
菩提の道場の後半戦、ようやく、「菩提」の心境に近づいてきたかな。


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