煩悩遍路12日目「塞翁が馬」―修行の道場―

なんとか雨は止んだ。

気づけば高知県に入って5日が経とうとしていた。夕方には高知市街に着く。
今夜はシロさんの自宅に泊めさせてもらうことになっていた。
それを楽しみに、本当に楽しみにして、歩く。歩く。
なんと単純な生き物である。

さすがに洗濯をさせてもらうのは悪いだろう(歩き遍路は汗ばんでかなり臭いのである)と思い、
たまたま見つけた香南市のコインランドリーへ。

朝から歩いてまだ1時間くらいしか経っていないけど、休憩。
まあいいだろう。



洗濯と乾燥が終わるのを待ちながら、ぼくは今回のお遍路をいつ区切ろうかと考えていた。
お遍路を再開してからまだ1週間経っていないが、足は痛いし、雨も多くなりそうだし。

区切るときに重要なのは、その中断地のアクセスだ。
ぼくの場合は大阪経由で四国入りするので、
大阪からバスや電車で来やすい(再開しやすい)場所が理想である。

その点、眼前には都会・高知市が迫っていて、もちろん好アクセス地である。
そして、ここを過ぎると、次はまたアクセスが著しく悪い地域がしばらく続く。

今夜、シロさんと会ってから決めようと思った。
高知市内を観光に連れてってあげるよと言ってくれていたので、あるいは数日高知に留まることになるかもしれない。



そんなこんなで小一時間経ち、衣類がさっぱりきれいになったところで、歩き再開。
そこから1時間半ほど歩き、28番札所大日寺に到着。
昨日の早朝の神峯寺から24時間以上ぶりのお寺だ。
ここからはしばらくまた、お寺の間隔が狭くなる。

…とそこに、ヤマさんが追いついてきた。

お お お!

なんということだろう。
コインランドリーで時間を潰したおかげで、ペースがまた同じになったのだ。
今日は、ともに喋りながら歩ける人がいる。昨日のように一人ぼっちじゃない。
ただそれだけのことなのに、無性に嬉しかった。

お参りと納経をすませ、2人で休んでいると、さらにリクくんが追いついてきた。

お お お お!

今日は良い日になりそうだ。



ふと携帯を見ると、不在着信があった。
バッテリー残量節約のため、普段は電波OFFにしているから気づかなかったのだ。
ん?シロさんからだ・・・。


・・・なんと、シロさんの身内に不幸があったそうで、今夜は泊めてあげられなくなった、とのこと。
ショックだった。
人が亡くなるって、そんなこと、こんなピッタリのタイミングで、ありうるのか???

一気に気持ちを突き落とされた気分だった。
ぼくがシロさんちに泊まれるということでふしだらなことを考えていたとでもいうのか?
それに対する戒めとして弘法大師さんが謀ったのか?
それにしても人が死ぬっていくらなんでも出来過ぎやろ…

まあもうしゃあない、シロさんとはタイミング合わせて別の日に会いましょうということになった。

それよりも問題なのは今夜の宿である。高知市内のような都会では野宿はしにくい。
以前四国旅をしたときにお世話になったゲストハウスに、ダメ元で電話してみた。
すると、奇跡的に部屋が空いていた!

とりあえずは一安心。
まあ、ひさびさにあのゲストハウスに行ける事になったということで、それなりに楽しみではある。
それにしても、急な展開だな。



そこからはヤマさんと2人で歩きはじめた。
相変わらずヤマさんは体力がまだそんなに出来上がってないようで、
ゆったりペースで休み休み進む。
僕としても足に負担をあまりかけずに済むのでありがたい。
なにより、話し相手がいるのは、本当に良い。

リクくんは早歩き&長めの休憩、という変わったペースで歩いていたので、
彼とは抜きつ抜かれつ、だった。

ヤマさんとリクくんは昨日どのくらい接点をもったんだろう?
特に聞きはしなかったけど、顔見知り程度にはなっていた感じではあった。



昼過ぎに、29番札所国分寺へ。
その門前にお遍路用具店があった。

前から気にしていたこと。菅笠を買うかどうか、だ。
白衣と金剛杖は持ってる。

その場で散々悩んだけど、結局買わず、ヤマさんに笑われながらそのまま進んだ。



…ふと地面を見ると、四葉のクローバーがあった。

四葉のクローバー…
シロさんが、スペインのサンティアゴ巡礼で惚れられた若い女性からもらいそうになったという
四葉のクローバー。

そのシロさんにもらった帽子をぼくは今かぶっている。
そのシロさんと、今夜は会えなくなった。

きっと弘法大師さんからのメッセージだ。
シロさんという煩悩から己を解きなさい、と。(なんだそれ)

ぼくは決心した。菅笠を買おう。



ヤマさんとはどっちみちペースが違うから別々に歩こうと言っていたので、
ここで一旦お別れし、ぼくはちょっと戻ってお遍路用具店に行った。

はじめてかぶる菅笠。
お遍路の3種の神器が、これで揃った。

シロさんからもらった帽子をリュックの奥にしまいこむ。
それは彼との決別を意味していた。

そして、高知より先へ進もうと決めた。



そこからはサクサクと歩いて、ヤマさんを抜かす。
「菅笠、買いましたよ(笑)」

そしてついに高知市内へ…。

夕方、30番善楽寺に到着した。
少し遅れてリクくんもついた。
「菅笠買ったんですね~」

彼も今夜は高知駅近くの別のゲストハウスに泊まるようだ。
昨晩泊まったという善根宿のオーナーから勧められた宿らしい。

そこへ向かうべく、彼は土佐一宮駅へと向かっていった。



ぼくも、そこから30~40分かけて歩き、予約してたゲストハウスへ。

3年ぶりの宿泊。オーナーはぼくのことを覚えていてくれていた!
「まさかお遍路としてまた来るとは思わなかった~(笑)」
ってそりゃそうだよね。

夜は、これまた前回来た時にも行った居酒屋へ。
カツオのたたき、名物の巨大卵焼き、そして生ビール。

高知まで歩いて来たんだ。カツオを見ると、生々しい実感が襲ってきた。
そしてひさびさのお酒。疲れきった身体に染み込む。
なんだか、幸せで、泣けてくるようだ。

お店の人と、お遍路で歩いてるんですよ~と話していたら、
お勘定のあとにバナナをお接待してくれた。
心があったまる。

宿に帰ってからも、オーナーやヘルパーさん、他の旅人と遅くまで喋っていた。
昨夜とはまったく違う、人との交流のひととき。
明るい部屋のなかで、雨に濡れず、人と喋れるということが、奇跡のように思えた。
3日ぶりのシャワーの幸せ。お布団の幸せ。



朝のコインランドリーでの時間つぶしのおかげで、ヤマさん、リクくんとペースが合った。
シロさんの身内の不幸のおかげで、菅笠を買えた。このゲストハウスに再訪できた。

人生万事塞翁が馬。
お遍路には色んな濃いことが起きる。でも、一喜一憂せずに受け入れて、流されていけばいい。

偶然とは思えないことも沢山起こる。
すべて弘法大師さんの計らいか…。

わはは、酔いがかなりまわってきたようです。
今夜はこのへんで寝ますね。明日は早朝6時前には出発すると思うので、そっと出ていきますわ。
オーナーさん今日は急な予約でしたが、ありがとうございました。またいつか来ますね。

では、おやすみなさい。

12日目


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煩悩遍路11日目「雨」―修行の道場―

11日目


早朝、シロさんとは別れ、ぼくは単独、27番札所神峯寺へと向かった。
時刻はまだAM6時過ぎだ。急な山道には人っ子一人いない。

暗い道を一人で歩いている。昨日までの天気から一転、今日は薄曇りだった。
連日の長距離歩行で、朝から脚も肩も痛みが走る。



シロさんのことを考えていた。
彼は、良い人だ。
でも、悪い人だ。

良い人、悪い人って、なんなんだろう。
人間は色んな側面を持って生きている。簡潔に「○○な人」と表現なんかできないんだよなぁ。

ぼくも、良い人であり悪い人である。
明るい人であり暗い人である。
健康で病気である。

人って何なんだろう。

結論の出ない問答をひたすら脳内で反芻し、
山の上のお寺に着く頃にはすっかり消耗しきっていた。



朝一番でのお参り。
と、そこに車遍路の老夫婦がやってきた。

沈み込んだ心を、おばちゃんの笑顔が癒してくれた。
助かった、と思った。

その夫婦は、今回で4回目のお遍路らしい。

「友達からはどうしてそんな何回も同じことをするの?と聞かれるけど、
何回もしたくなる不思議さがお遍路にはあるわよ」

「あなたも、八十八ヶ所一周まわったら、違う自分に会えますよ」



同じ道を引き返し、下山する。
途中、昨日のヤマさん、一昨日のリクくんとすれ違った。
今日はあの2人が一緒に歩くことになるのだろうか。

どちらにせよ、彼らに追いつかれることはないだろうな、と思った。



お遍路ではじめての本格的な雨が振り始めた。
レインウェアを来て蒸し蒸し感じながら海岸沿いの単調な自転車専用道路を歩く。

まっすぐで、海ばかりで、街からも離れていた。

この日、ぼくはほぼ誰とも喋らず10時間を歩いた。
暗い空を見上げ、雨粒が顔に当たる。
繰り返し、繰り返し、悩んでいた。
良い人、悪い人ってなんだろう・・・。

お遍路に来て、却って煩悩が増えてしまったようだ。

結局、室戸岬でのお兄さんが言っていた通り、人と比べるから悩みが増えるのだ。
人は人、自分は自分。
人と比べて、自分の出来なさに嘆いたところで何になろうか。
ましてや、シロさんは40ちかく歳が離れているというのに。



脳みそはもっと本質的な問答へと堕ちていっていた。

本当に好きなものって何だ?
ぼくはアウトドアが好きだ、お遍路が興味ある、歩くのが楽しい。
…と、思っていたはずだ。

でも、この雨、この悲しみ、この孤独、この単調さ…

好きなものって、好きだと思い込んでいる、或いは思い込まされているだけなのではないか?
それをして、人から褒められるのが嬉しいだけなのではないか?
褒められるために好きだと思い込んでいるのではないか…?



止まない雨、誰とも会わず、車には水をはねられる。
安芸の土地特有の、黒い砂浜。
その日、色という存在を感じられなくなっていた。
モノクロな世界だった。

「バカヤロー!」

つまんない漫画みたいに、ぼくは海に向かって叫んだ。
ぼくの叫びは誰にも聞かれることなく、雨と波に飲み込まれた。
視界の及ぶところ、前後左右、すべてに人がいなかったから恥ずかしくなんかないぞ。



この日の夜は、道の駅Yの端の端の軒下。
テントに潜り込む。
聞こえるのは雨の音か、波の音か。

ウォークマンのイヤホンを耳にさし、
さみしさを紛らわせた。

ひとりテントの中で、一日分の悲しい自慰をした。



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