みんなのもつ“ズレ”

今回は、人がそれぞれ持ってる“ズレ”について考えてみようと思います。
実はこれ、twitterでちょっと前につぶやいたものをちゃんと文章としてまとめておこうというものです。
フォロワーさんからいただいた意見も交えて載せております。

毎度のごとく独断がかなり入っていますが、一個人の考えだと思って読んでもらえたらいいなっ。

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「普通」の人と「変」な人って、境界はなんなんやろなって思うんです。


実際のところは、人間はゼロかイチかでは決められない。
仮に数値化できたとして、人によって様々な値をとるだろう。

で、その基準、すなわち「普通」というものも、絶対的なものなんかじゃないはず。
でもそんなこと言い出したらきりがないので、ここでは「平均的」なものを座標の原点に置くことにする。



人間をはかる軸は、それはもうたくさんある。x, y, zだけじゃなくて。
どの人も色んな軸の方向に原点からズレてて、その座標は様々。

多分想像は出来ると思うけど、人々を座標空間内に置いたら、原点に近いところは密度が高く、
外側に行くに連れて密度が低くなる分布ができるだろう。



そこで、今回言いたいことである。

人間はどの人も何かしらの問題というか“ズレ”を持ってる。
でもだいたいの人は原点(=“普通”=理想形)からはそう離れてはいない。
しかるに、すこしチョチョイとするだけで原点上にいるかのように振る舞うことができる。

彼らは、いわゆる“普通”の人だ。ズレがあってもあたかも無いような人間。


でも、原点からわりと距離があって、上のようなことが出来ない、難しい、という人も必ずいて、
そういう人は周りから“異種”のものと見られることになるだろう。


一見、その人だけが“ズレてる人”というように見える。
でも実際は、その程度・方向・質が違うだけで、みんなズレてる。

普通の人間、なんて迷信でしかない。


とまあこの理屈を過剰にしちゃうと、個性がだいじなんだー俺は型にはまらない人生送るぜ―みたいな
危ない思想にいっちゃうので笑、ある程度の型が必要だとはもちろん思います、
そうしないと社会が成立しないし!


でも、とりあえず押さえておきたいのは、世間一般に言われているいわゆる“普通”という存在、
健常者であること、
きっちり働いていること、
結婚して子孫を残すこと、
異性愛者であること、  ・・・・などは、
どれも絶対的なものではないんだという認識を持つことだと思う。

これが普通なんだ!と、無理やりにでもみんなそれに当てはめようとして、
当てはめられる人はそのままそうしてりゃいいわけだし、
でもそれから外れる人を見捨てることはしてはいけない。
そして自分がそれから外れるからって自暴自棄になってもいけない。


自分も、性格的に「これはこうなのがあたりまえでしょ」とかたをつけちゃうことが多々あるので、
そのへん気をつけないとなーなんて。



僕に関して言えば、まあ性格も変わってるよねとはよく言われるけど(コラw)、
一番ひとと違うと明瞭に言えるのは、同性愛者である、ということ。

ぼくらゲイは、わりとはっきりとした違いを持ってて、
これがまあ良くも悪くもゲイの存在感として効いている気がするw。


でも、そのおかげで「ゲイである自分を認めて欲しい」と、明快に言えている。

反対に、自分がノンケ友だちの多様な側面を理解できているのか、理解しようとしているのかといえば、くやしいけど首を傾げることになりそうだ。友だちが持っているのはゲイといったような分かりやすい多様性ではないことも多い。


僕のことは理解しろ理解しろと言ってるのに、相手の理解はできていない、というセクマイのおごりみたいなものを
持ってしまう可能性もある。


自分への戒めも含めてだけど、
ひとの多様性を知ること、ひとつ大きな枠の視点から物事をみること、
自分はセクマイなんだぞと慢心しないこと。

このへんが、これからの時代、大切になってくるんじゃないかなー。
僕もしっかりと意識しないとナー笑


(今回もあんまりまとまらなかった・・・苦笑)

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コメント

のびみつ #RxnTphzY

文系の考えから

考えさせられますね。座標で考察される点は,さすがちかひらさん,理系らしいです☆ そこで,文系の立場からの考えを少し……。
文化人類学の考えで,自然状態というのは季節も1日も人生も,もちろん人間の性も多様でカオスで無意味であるため,人間はそのカオスな自然状態に「境界」を人工的に設けて意味・秩序を見出すことで安心しようとする,というのがあります。たとえば,実際には明確な境界がなくても,季節を4分したり,朝昼夜と名付けたり。しかし,人工的な境界には必然的に「曖昧」が生じます。人間はその「曖昧」を恐れます。セクマイに対する差別・偏見にもここに起因するものがあるのではと思います。
また,社会学の考えで,社会が一種の「逸脱」を作ることで,人々は社会に秩序を形成するという考えがあります。その逸脱はその社会が規定するものです。セクマイを逸脱とすることで秩序が保たれるという社会の考えをどう打開するかが,課題でしょうね。
(↑なんか,当たり前というか筋違いのことを言ってすみませんw)

2012年07月31日(火) 00時13分 | URL | 編集

ちかひら(管理人) #-

>のびみつさん

コメントありがとうございます!

なるほど、知らないうちに理系っぽい考え方に染まってしまってました笑
文化人類学・・・ですか。人間は境界を創りだして安心しようとするのですね。

社会学のお話も、僕はまったく知らないので、すごく参考になりました。
これを読むとなんだかわざわざ座標持ちだして議論すると無駄にややこしくなるだけですね笑

人間は共通の敵がいると団結する、といったことと同じ事なのでしょうか。
妙に納得してしまいました笑

ともあれ、どちらにしても難しい問題ですよね。
これからの社会、よくなっていけばいいのですがー。^^;

2012年07月31日(火) 21時57分 | URL | 編集


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