煩悩遍路1日目「贅沢な貧乏旅」―発心の道場―

1日目


朝7時半、第1番札所、霊山寺。
ぼくは四国遍路の第一歩を踏み出した。
その時はまだ、たくさんの奇跡のような出会いと煩悩にまみれることになるとは知らずに。

天気は曇のち雨。初日から雨に降られたくはないなぁと思いつつ、
なんとか降らずに留まっている灰色の空を眺めていた。
明日からは晴れるらしい。

「お遍路用具は霊山寺で買わないほうがいい。みんなここで買うから、割高になってる」
昨日の宿の主人にそう聞いていたこともあって、
ここでは現時点で最低限必要な納経帳と納め札だけ買うことにする。




お遍路は実はかなりお金がかかる。

お遍路をお遍路らしく見せる菅笠、白衣、金剛杖だけでもそれぞれ1,500~2,000円、
お寺にお参りした証拠となる納経帳も種類はあれど安くて1,000~1,500円ほど。
しかもこの納経、各お寺で300円ずつかかるのだ。全88箇所回ると…

四国には沢山のお寺があるが、88箇所に入っているかどうかで
その境内および建物、施設の様子はまるで違う。
有名なお寺では年に何千万円、場合によっては1億円を超える収入があるらしい。
その財源はぼくらだと思うとなんだかやるせない。
仏教を使った商売。そんな冷めた目で見てしまう自分がいた。

宿泊費もバカにならない。
民宿や宿坊で相場がだいたい一泊二食6,500円と、単体で見ればかなりリーズナブルではあるが
歩き遍路となると全部回るのに40日前後はかかるから、その分費用はかさむ。
解説本では、納経代、昼飯代、飲み物代なども含めて1日1万円の予算を想定されていた。
だから、お金のない若い歩き遍路は大抵野宿メインで回る。
まあ、そのためにはテントや寝袋、大きなザックなど、初期投資がかかるのではあるが…。




ぼくはとりあえず、2番札所極楽寺で白衣と金剛杖を購入した。
菅笠はキャップ帽子があるから買わないことにした。
慣れない恰好に最初は戸惑う。自分がお遍路だとまだまだ思えない。
糊の効いたまっさらな白衣は「お遍路はじめたばかりです」と無言の主張をする。

まだ心がお遍路になりきれてないが、周囲からはお遍路として扱われる。
恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになる。でも、次第に慣れてくる。
「お遍路さんがんばってね」
「このお茶お接待です。持ってって」
「お兄さーん、道間違えてますよー!左、左!」

地元の人や歩き遍路同士の挨拶やちょっとした会話が心地よい。
ちょっと満ち足りた気分に変わっていくのが分かった。
田舎道を歩く、挨拶をする。ただそれだけで幸せで、贅沢なことのように思えた。




県道をすこし外れた旧道が遍路道となっていて、だいたいは舗装されているが、
周囲の田畑、遠方の山々を臨めるゆったりした道である。
たまにあぜ道となっていて面白い。

お遍路初日のルート上にはお寺が密集している。
1.5~5Kmおきにお寺があり、一気にお遍路モードになれる仕組みになっている。
宿の主人からは、初日は6番安楽寺くらいまで歩けると思いますよと言われていたが、
ぼくはとっくに通り越していた。
最初から飛ばしすぎたかな…と思ったけれど、そんなに疲れてはいない。



お寺ではお参りしたあと納経所に行き、納経帳に墨で納経してもらうのだが、
これが7時から17時の間しか受け付けていないため、お遍路側はそれを考慮して
その日のスケジュールを組む必要がある。

現在時刻、16時半。8番熊谷寺まできた。
ここまでで、20Kmほど歩いたことになる。
さて今晩はどこに泊まろうか。もちろん宿の予約はしていない。
雨が降ってきた。レインウェアを羽織る。

熊谷寺には「通夜堂」があるらしい。
※通夜堂:
 歩き遍路が無料で寝させてもらえる場所。あるお寺と無いお寺がある。
 そもそもが宿泊施設ではないので、シャワーも夕飯も布団も基本的には無い。
 「寝場所」を善意でお借りしている、と気持ちが大切である。


「通夜堂を借りようかな…」
でもお寺の人に声をかける勇気が出ない。
ぼくのような信仰心の無い見せかけ遍路がお寺に泊まっていいのかと躊躇してるのだ。
別にそんなこと、誰も気にしてないんだけれども、
その時のぼくははまだ、誰かからどう思われているか、に囚われていたんだ。


境内で悩むだけで時間は無駄に過ぎていき、17時を回ってしまった。
納経所が閉まる。

雨が強くなってきた。寒い。暗い。
このレインウェア、すっかり撥水性が落ちてて意味無いじゃないか。
お遍路体験記で読んだみたいにお遍路仲間なんで出来ないし。
なんでこんな雨の中で外にいるんだろ。風邪ひきたくない。
初日から泣きそうである。



…落ち着け。
とりあえずお風呂に入りたい。

地図を見ると歩いて30分くらいのところに日帰り温泉施設Gがある。
もしかしたら軒下にテント張らせてもらえるかもしれない。
少なくとも今日の汗を流すこと、冷えた身体を温めることはできる。
とりあえずそこに行ってみることにする。

温まれば、気分も変わるかもしれない。


温泉に到着。
見た感じ、奥のほうに雨風しのげそうなスペースがあった。

勇気を振り絞ってスタッフの人にたずねてみた。
「あの…歩き遍路なんですが、今晩、この施設の隅にテント張らしてもらっても…」
「あー、いいですよ!あの建物の裏が屋根もあるし、よくテント張ってるの見ますから
 そこで寝るといいと思います」
「え、いいんですか(拍子抜け)。ありがとうございます!」
「当館は23時閉館なので、そのあとになりますが。すみませんね」
「いえいえ、ありがとうございます!」

お風呂と寝床の確証がとれた。一安心。どっと疲れが出る。
ここの施設の人はお遍路に対して親切だった。
ロッカーに入らないデカいザックや金剛杖をこちらから言う前に当然のごとく預かってくれたし
おそらく歩き遍路用と思われる、荷物整理用の机も置いてあった。



温泉に入り、夕飯を食べ、くつろぎスペースで明日以降のプランをなんとなく立てる。
とはいえなにも予想できないわけで。なんとなく明日はこのへんまで歩こうかな、くらい。
しかし23時まで暇だ。
スマホは、野宿を続けると充電できないので、基本的に電波オフにしている。
しゃべる相手もいない。
日記を書いて、テレビを見て、ぼんやりして、また温泉に入って。



閉館時間が来た。
スタッフさんにお礼を行って玄関を出ると、
真っ黒に日焼けしたびしょ濡れの若いお遍路さんがベンチに座っていた。
目が合った。自然に口が開いた。
「こんばんは、野宿組ですか?」
「そうです、逆打ちなんですけど、泊まる所が見つからなくて。
 いまさっきここに着いたんですけど閉館間近らしいし途方に暮れてたんです」
「えっ今まであるいてたんですか?雨降ってますしうもう23時ですよ…
 僕はあの屋根の下にテント張ります。施設の方にも許可得てるんでよかったら
 一緒に張りましょう」
「そうなんですか!それはありがたい。便乗させてもらいます。
 ほんとにありがとうございます」
「いえいえ、実はぼく、今日お遍路始めたばかりで野宿も初めてなんで、
 一人だと不安だったんです。こちらこそありがとうございます」

彼はボロボロの地図を開き、この先の野宿情報を少し教えてくれた。
たまたまの出会いを通して伝わっていく情報。
これらのおかげで、野宿組はある程度目星をつけて安心して「貧乏旅」ができるのだ。
もちろん、野宿を黙認・容認してくれる地元の人あってのことである…


慣れない手つきでテントを設営する。
その狭いスペースに入り込み、今日あった出来事を振り返りながら、
自然と眠りに落ちていった。


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コメント

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2016年07月28日(木) 22時37分 | | 編集

ちかひら(管理人) #-

Re: お久しぶりです!

超お久しぶり!コメントありがとう。
お遍路、なかなかいい経験だったよん♪

そっちの近況また聞かせてね^^

2016年07月29日(金) 12時47分 | URL | 編集


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