煩悩遍路3日目「プライドと自己満足」―発心の道場―

3日目


やってきました「へんろころがし」。
標高700mまで登った後400mまで降り、また700mまで登った先に、12番焼山寺がある。
つまり1,400m分登るということで、通常6時間以上はかかるらしい。

とまあ、これだけ聞けばちょっと長めの登山じゃん、となるが、
普段歩き慣れていない人が遍路を始め、疲れが出てきた2~4日目にこれをしないといけないというのがミソである。しかも荷物が重い。



タカさんは寝冷えして体力回復してないから、焼山寺は飛ばして
国道192号線沿いに先のお寺に行くことにしたようだ。自由にやってるよな~。
羨ましい…、いや、単なるテキトーな人だったのでは…。


というわけで、ソロで焼山寺アタック。

いきなり山道に入り、登っていく。歩く人が多い分、整備も行き届いており、
道標も至る所にあるから迷う心配もない。
木漏れ日が気持よい。

眺めの良いところで休憩。ちょうど、昨日お参りした10番切幡寺が遠方に見える。
あそこから歩いてきたんだなぁ。

ベンチでは外国人のカップルと少し喋った。
スペインから来たということと徳島だけ回ったあと高野山に行くということはかろうじて分かった。



へんろころがしは、その名の通り、多くの歩き遍路がここで転がり、脱落する(?)
...ということを聞いて、長年の登山(山歩き)経験者としてのプライドが燃える。
ドンドン早く歩こうとしてしまう。
結果、すぐバテる。
優秀な登山者としての行動がしたいという謎プライドが、却って遍路旅の足かせになっている。

あ~~プライドって邪魔。
今日はゆっくり登るって決めたのに。


ぼくの鬱の一因として「完璧思考」があるらしい。
どんなことでもはじめから完璧を求めすぎて、でも実際は出来なくて、自滅。
完璧ってのは弱いってことだ。

そういうのを変えたくてお遍路に来たわけだけど、まあ3日目じゃ変わりようがないわな。

せっかくの好きな山道なのに、こういう暗いことを一人頭のなかぐるぐるさせながら歩いていた。
実にアホらしいが、鬱だからそうなんだろうし、だから鬱になったんだろう。





ひとつ目のピーク、標高700mの浄蓮庵に着いた。ここでお昼休憩とする。

ここは左右内の一本杉という巨木が生えている。枝ぶりが豪快で、圧巻だ。
巨木を見るといつも、色々とよく分からなくなってくる。

麓に住んでいるというおじさんが声をかけてきた。
地元にいるとなかなかこういうところには来ない(今日も車で登ってきた)らしい。

ちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「遍路道沿いに住んでると毎日歩き遍路が通るわけですよね?」
「そうやな」
「遍路がいて当たり前...なんですか?」
「それが俺らにとっては日常やな。小さいころなんか飴あげたりしよった」

やっぱり不思議な土地である。おそるべし、四国。
でも、人と喋ると気が明るくなる。一人で溜め込むのは良くないと痛感した。





その後順調にゆったりペースで下り、そして再び上り、12番焼山寺に到着。
多少きつかったが、そこまで恐れるほどの「へんろころがし」でもなかった。
精神的には転がったが、それは元々転がってたのであって、へんろころがしのせいではない。
と思う。

そう思うのも自分のプライドゆえか。
でも、他のお遍路さんも似たような感想を言っていたので、みんなそれぞれプライドは持ってるんだろうな。



境内には太い杉がボンボン生えてて、境内は広く、涼しい。良いお寺だった。
それにしても6時間ほど歩いてようやく着いた山の上に、団体バスツアー遍路が
ガヤガヤゾロゾロ来られるのはやっぱりテンション下がってしまう。
この頃は、まだそんな心境だった。



今夜はお寺から1時間ほど下ったところにある宿Sに泊まる。
宿代が安い上に、近くの神山温泉まで連れてってくれるサービスが何と言ってもありがたい。

主人に車に乗せてもらって温泉にいく。
歩き遍路さんに車に乗ってと誘っても断られることが多い、と笑いながら言っていた。
全て歩き通して偉い?歩き通しました、というのは単なる自己満足では?
便利な乗り物のある時代、それを利用すればいい。
大切なのは88箇所回ること。

「こだわって、自らカタくなって生きなくてもいいのにね」



ひさびさにお布団で寝た。
柔らかかった。


登山道の木に吊ってあった歩き遍路向けのメッセージを思い出す。
「最高の幸せと問えば 今お遍路の自分なり」




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