煩悩遍路6日目「あたりまえはありがたい」―発心の道場―

6日目

今日もいい天気。本当に、天気がいいと気分がいい。

6時過ぎに起きてテントを片付けていると、ヒロさんが来た。
「おはようございます。小屋は寒かったでしょう」
「そうだね、かなり風が強かったけど毛布かぶったから大丈夫だよ」
と言って、ホイ、とアクエリアスを1本くれた。

「順打ちはこれからまだ長いけど、頑張ってね!」

その日、そのアクエリアスを飲むたびにヒロさんのことを思い出した。
単なる商品でも、親しくなった人から頂いたモノは、温もりがあった。
※別に変な意味ではないです。


さて、今日は第二の「へんろころがし」と呼ばれる20番鶴林寺、21番太龍寺を越え、
22番平等寺をゴールとする。約20キロの道のりだけど、山を2つ越えないといけないので
結構えらいらしい。

2日間風呂に入っていないし、ちょっと疲れたので、今夜は民宿に予約を入れた。
それを楽しみに頑張るぞ。


お遍路も6日目ということ、そして昨晩の楽しいひとときがあったことで、
気持ち的には充実してたし、慣れてきていた。
でも、どこか物足りない…そう一緒に長時間歩く「遍路仲間」がまだできていないのだ。

最初の3日間は数人のおじさんと何度か会ったり立ち話はしたけど、その程度で、
いつの間にかトンと見かけなくなっていた。
昨晩一緒にテントを張ったトシさんはだいぶ高齢なので、
おそらくペースも話題も合わないだろう。

今日も一人登山しますかー。



…と思って20分くらい歩いていたら、軽装のおじさんが登っていた。
白衣も菅笠も金剛杖も持っていない。地元の人?

声をかけてみると、歩き遍路だった。70歳(のわりに飄々としてて若く見える)。
昨日は近くの民宿に泊まってたらしい。
ここではサブさんと呼ぶことにする。

サブさんはバスでの遍路ツアーに何度か参加したことがあるが、
よく通っているトレーニングジムの先輩から「歩いてみたらいいよ」と勧められ、
途中から歩きだしたとのこと。

今回は鶴林寺からスタートして、高知県の27番神峰寺まで行く予定で、
そこで結願なんだよ、と言っていた(たしか)。

これまた気さくなおじさんだったので、すっかり仲良くなって、一緒に歩くことに。
しんどい山道も、同行者がいれば喋っているうちにあっという間に登れる。


サブさんはたくさん話をしてくれた。
会社勤め時代の出張で外国に行った時に、日本人の過労や真面目すぎる性格に気づき
価値観が変わったとか、
定年退職後は夫婦生活はなかなかうまくいかない、お互い一緒にいる時間をなるべく少なくするのが
円満の秘訣だよとか(それって円満なのか)、
自分らが働いていたとき(高度経済成長期)と今とは時代が違う、今の若い人は大変だよね、とか。

ぼくは、生まれてこの方「好景気」を知らない、というか経済成長しないのが普通、
と思ってるから、そもそも会社とか社会の上層部と考え方のギャップがあると思うんですよ~
と、ゆとり世代代表みたいなことをとりあえず喋りまくっていたのは覚えてる。
あとは鬱のことも洗いざらい喋った。

サブさんの気を遣わせない雰囲気がすごく心地よかった。
しきりに、ぼくの重たそうな荷物を見て
「君そんな重い荷物でよくこのペースで歩けるねぇ~」と褒めてくれた。



8時にはあっさり20番鶴林寺に到着。標高500m。
名前の通り、鶴の像が本堂の左右に配置されている。
右の鶴はクチバシを開き、左の鶴は閉じていて、ちょうど「あ・うん」になってる。
サブさんはリュックから白衣を取り出し、着ていた。

昨日のヒロさんが言ってたけど、
ここ鶴林寺では白衣に鶴の朱印を押してくれる(もちろん有料)。
そしてどこだったか聞き忘れたけど、別のお寺で亀の朱印を押してくれるところがあるそうで、
2つ合わせて鶴と亀となり、縁起がいい。
…と、ツアーのガイド(先達さん)が言ってるのを聞いたとのこと。

まあ、お寺も色々工夫して儲けようと頑張ってるんだな―と思いましたマル。



お寺自体は山の中にある素晴らしいところで、
蛇口から出てくる山の水もおいしかった。
飲み物は毎度買ってると高くつくので、こうしておいしい水を無料で汲めるのは嬉しい。
そして、そのことを教えてくれた掃除のおばちゃんに感謝。

このあとの行動については、サブさんと特に何も話してなかったのだが、
サブさんから「一緒に歩こうよ」と誘ってもらったので、そうすることにした。
ふふ、ちょっとうれしい。
そして、その夜泊まる民宿もたまたま(というか選択肢が1軒しかないので必然だけど)
一緒だった。
この日に限ってたまたま野宿ではなく民宿を選んだのが吉と出たわけだ。

冒頭に書いたように、
歩き遍路仲間が道中いなくてさみしいし単調だなぁと思ったタイミングで
こういった出会いがあったわけだ。
弘法大師さんの粋な計らいなんだなぁ…と素直な気持ちで感謝する自分がいた。

「旅は道づれってのはこういうことを言うのかもね」とサブさん。
サブさんもなかなか粋なことを言う。



そんなこんなで宿まで一緒に頑張りましょ―と改めて意識を合わせて、下山。
一気に標高40mまで下る。そんでもってまた登り、標高520mの21番太龍寺を目指す。

それでも、木々や川に囲まれた気持ちのいい道、そして話し相手がおり、飽きることはなかった。
話し相手がいるということは、自分と向き合って暗いループに陥らずに済むということだ。

一人のさみしさを経験したからこそ、
他人と一緒にいられることへのありがたさをひしひしと感じる。

途中、道が合ってるかちょっと不安になったとき、
サブさんが地元の人に躊躇せず道を訊ねていた。
ぼくだったら、喋りかける前に一旦躊躇うところだ。
サブさんの肩の力の抜け具合が羨ましかった。



その後も順調に歩き、22番平等寺を打って、すぐそばの民宿Sに到着!
お互いにお疲れ様とたたえあって、それぞれの部屋へと腰を下ろす。



宿は最高だった。

洗濯物を洗える。
2日ぶりに身体の垢を落とし、浴槽で身体を温めてリラックスできる。
床の畳でゴロンできる。
たくさんの種類のおかずを食べられる。
人と話しながら食事できる。
ご飯のおかわりができる!!!

普段の生活ではまったくもって当たり前のことだ。
でも、それが当たり前ではない野宿旅においては、
当たり前のことが当たり前にできる宿という存在は、本当に天国だった。



ちなみにサブさんは洗濯機の使い方が分からないようで(この世代の男性だとありがちなのかな)
教えてあげたらひどく喜んでくれた。

そんなこともあって、食事中はビールをおごってくれた。
「出会えたこと、今日一日共に歩ききれたことに、乾杯!」
「乾杯!お疲れ様です!」



そこには、心がすっかり満たされた自分がいた。
ここまでの日々で色んな形態の宿泊ができたし、たっぷり歩いた。
こうして素敵な出会いもあった。
十分に満足していた。


程良いい疲れとお酒、そしてふっかふかのお布団。
虫・音・足音の不安のない寝場所。
20時半にはもう、ぼくは夢の世界へと吸い込まれていった…。


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