煩悩遍路8日目「コースアウト」―修行の道場―

8日目

「飽きた…」

6月1日、お遍路再開初日、ぼくは早々にへなちょこになっていた。

なんでこんなところを歩いてるんだろうか。
いつの日か鬱が治ってちゃんと社会復帰できるんだろうか。
お遍路は「やりたいこと」だった筈なのになんで飽きてるのか。
そもそも「好きなこと」「やりたいこと」って何なんだろう…。

地図を確認すると日和佐の23番薬王寺から15Kmほどは道が山側に通っているようだ。
コンクリートの壁と人工林に挟まれた、海も見えない何もない道を歩いていると、
マイナス思考が無意識に渦を巻いてしまう。

ここから次の24番札所(室戸岬)まで、80Kmもの距離を歩かなくてはならない。
国道55号線を、ただひたすらに。

肩や腰も痛い。前回鍛えられたはずの筋肉は1週間ですっかりなまってしまったようだ。



「電車、乗っちゃおうかなぁ…」



国道55線沿いにJR牟岐線、阿佐海岸鉄道阿佐東線が通っており、
それに乗れば高知県境すぐ先の甲浦駅までワープすることができる。
(なんならバスに乗り継いで室戸岬まで行ける)

歩き遍路者にとって、乗り物という文明の利器を利用するかどうかはかなり大きな問題だ。
完歩にこだわる人は断固乗らないし、車のお接待も断る。
けれども、こだわらない人もいるし、そうあるべきという意見もある。
まぁ人それぞれなのだが、

ぼくは…。

ぼくのお遍路は何度も言っているように「完璧主義からの脱却」が目標の一つである。
早い段階であえて乗り物を使っておくことで「完璧じゃない状態」にしちゃおうか。



という言い訳を考えつつ、なんとか15Km歩いて牟岐駅に到着した。

「えーと次の発車時刻は…げっ5分後!?」

田舎の鉄道は一本逃すと次発までの待ち時間は1時間じゃ済まない。
もうこれは乗るしか無い!
てなわけで、ダッシュで切符を買い、列車に飛び乗った。

単調な国道よ、さらば。
そして、完歩達成も、さらば。

でも一応、徳島と高知の県境は歩いて越えたいな~と考えていたので、
手前の宍喰駅で下車する。
要所要所はやっぱり気になるのだ。

近くの道の駅Sで昼ごはんを食べようと向かっていたら、
今朝寝ていた道の駅Hですこーし喋った自転車遍路のお兄さんにたまたま会って、驚かれた。

「え、速くね??????」

いやいやお兄さん、鉄道ワープしたんすよ、さすがに歩きで自転車には追いつけませんて…(笑)



おいしい海の幸の丼ものを食べ、ちょびっと気力回復。
しばらく歩き、峠を越え、トンネルを抜けると…?

きました高知県!修行の道場。

歩いて県を越えるのは、テンションが上がる。
ここから先の高知県は四国四県のうち最も距離が長く、最もお寺が少ない。
ひたすらに歩く日々が続くことになる。
どんな旅になるんだろう。



あいにくの曇天ではあるが、海も見え、次第に調子がよくなってきた。

調子アップの要因はもうひとつある。
鉄道ワープしたことで、今夜の宿泊地の目処が立ったからである。

ここから5Kmほど歩いたところにお寺Mがあり、
八十八ヶ所のお寺には含まれていないが、通夜堂で宿泊可能なのだ。
住職が面白い方らしく、人生相談にものってくれるとのこと。
それ目当てでここに泊まる歩き遍路も少なくない、と思う。


実は事前に、とある歩き遍路マンガを読んでいたのだが、
そこにキャラの立った住職が登場する。
位置的にここがモデルなのでは…とひそかに予想していた。

そんなちょっとした期待感を胸に、お寺へと向かった。



夕方ちょっと早めの時刻にお寺に到着。
カラフルな幟や真っ赤な布の敷かれた長机などが、狭い境内に並んでいる。
ちょっと特殊な雰囲気。ほええ…

通りがかった近所のおじさんに聞いた話では「住職さんは犬の散歩で不在のことが多い」らしい。
そしてその通り、住職も犬もいなかった。

代わりに通夜堂の中に長髪のさっぱりした雰囲気の青年がいた。
おお、歩き遍路で会う2人目の同年代!

「こんにちは、初めまして。今夜、ここ泊まる予定ですか?」
これが、今後長く続く彼とのご縁の始まりだった。



彼(リク君と呼ぶことにする)は23歳。
通しで歩いていて、今日は痛めてしまった足を休ませるために昼過ぎからここで待機しているが、
住職が全く帰ってこないので暇を持て余してたとのこと。
徳島では数日間27歳の同じく通し打ちの人と同行していたが、自分の足の都合も考慮して
いまは先に進んでもらっているらしい。

へ~27歳か。ぼくの1つ上の人も近くにいるってことだな…。
会ってみたい。


あ、ぼくですか?通し?いえいえ違います。
一応区切りで歩いてて今日再開初日なんですけど、前回区切ったのが1週間前でしてね、
区切りのような通しのような。へへ。



とりあえず夕方なので近所のスーパーへ交代で買い出しに行くことに。

留守番してる間に、今夜ここに泊まらせてもらっていいのかなぁとふと思った。
多分大丈夫だろうけど、承諾を得るまではやっぱり不安。

勇気をだして、ダメ元でお寺の電話にかけてみた。
すると、住職の携帯に転送され、つながった。

どうやら仕事で、朝から車で1番札所霊山寺から順にお参りをしてたらしい。犬も一緒に。
通夜堂に2人泊まりたい旨を伝えるとOKとのこと。あと30分もしたら帰るらしい。

いや~電話してみるもんですな。
悩んでいるよりもまず、試しに実行してみたほうがいい。
お遍路で、これまでも、そしてこの先もつくづく実感したことだった。


住職が帰ってきた。

ごっつい身体と太い声でかっこよくて、優しそうで、怖そうで、気さくな人だった。
60代後半のわりに肌もしっかりしてる。50代と思った。
そもそもお寺の住職と直に会話をする機会が今まで無かったので、不思議な感じ。



境内に書いてある “人生相談 無料” の文字。
「あの、あとで人生相談をしてもらっても良いでしょうか…?」
「ええよ~」

立ち話が始まった。
「職業は何しとるの」
「SE…コンピュータ関連の仕事してますが、頑張りすぎて鬱になっちゃっていま休職してます」
「コンピュータか~。あ、そうだちょっとワシのPCで見て欲しいもんがあるんやけど…」

その流れで住職の仕事部屋に上がってPCを見ることに。突然の展開である。
部屋の中では犬がすごい姿勢で寝ててちょっとかわいかった。

住職「うちのホームページが、PCを替えてから文字とかが変になってて、直したいんだが…」
ぼく「えーとですね…汗」

(心の声)
文字?フォントのこと?
Windows 10になってから標準フォントが游ゴシックに変わったからそのことか?
それともブラウザの表示文字サイズを何かの拍子に変えちゃったか?



まさかこんな旅先のお寺でSE業やることになるとは思わなかった。
色々こちらからも質問したり、ウェブサイトの構成そのものの説明をしたりしたけど、
結局、いつの間にか住職の言う「変化」が直っていたのか勘違いだったのか、戻っていたようで、
ウヤムヤなまま終わってしまった。

最終的に「このホームページ制作を依頼した業者さんに確認してもらったほうがいいかと…」と
ぶん投げてしまったぼくである。

コンピュータのプロ失格…。
やっぱこの職業向いてないなーと落ち込みつつも、一方で、
一般人よりはまあ少しはコンピュータに詳しくなれてるみたいだな、
そして、人に物事を噛み砕いて説明するという行為自体は嫌じゃないな、とも思った。

結局その日は目的の “人生相談” はできなかったけど、
もしかしたら、このPC相談の件は住職なりのぼくへの励ましだったのかもしれない。



シャワーを浴び、通夜堂でスーパーで買った惣菜を食べる。
寝るまで、リク君とずっとしゃべっていた。

彼は中学の時から家庭の事情で精神的にひどく落ち込んでいた時期があったらしい。
いまはフリーでWebデザインの仕事をしているとのこと。

前に一緒に歩いていた27歳の人も、会社を辞めてお遍路に来てたそうだ。

こんな6月のド平日にお遍路、しかも歩き遍路に来る若い人なんて、
そりゃ大抵何かしら抱えてる(抱えてた)人やコースアウトした人だよねぇと自虐気味に思った。

でも、このコースアウトによるお遍路経験は、
短い目で見たら金銭的にも時間的にもマイナスかもしれないけど、
長い目で見たら、同世代のほかの人に比べて、きっとプラスになるはず。と彼は言っていた。
たしかに、60歳過ぎてからお遍路するのと、20代でするのでは、確実に違う。

うん、そうだよなぁ、そう信じたい。



寝る段になって、虫よけの為に通夜堂に置いてあった蚊取り線香を使わせてもらうことにした。
不殺生に反するけどいいのかなぁなんて2人で悩みつつ、
蚊取り線香なら「自分の手は汚さない」殺し方だから良いんじゃないの…と冗談言ったりした。

住職にライターを借りた。
別に何も言われなかったし、
以前寝床にムカデが出て刺されたから殺した、大変だったよワハハ、みたいな話をされて
逆に面食らった。

いやはや、ほんとに面白いし強い(確信)住職さんである。



お互い名も知らぬ若者同士、ひとつ屋根の下で寝る。
今朝はお遍路再開も早々に飽きていたし暗くなってたけど、
いまや彼や住職さんのおかげですっかり回復していた。

結局、人と喋ると気持ちも落ち着く。そんなもんか。



振り返ってみると、
牟岐駅へのあのタイミングの到着、そしてそれで可能となった鉄道ワープは、
このお寺に泊まりなさいという弘法大師さんの計らいだったのかもしれない。

この旅が楽しくなりそうな予感がした。



通夜堂の壁には住職の言葉が書かれていた。

「 遍路道とは
  ちょっと遠いけど
  行けば行くだけの
  ことはある
  そんな 佛の道  」




スポンサーサイト

コメント


トラックバック

GO TOP
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。