煩悩遍路9日目(後篇)「縁を掴んだのは君だ」―修行の道場―

9日目(後篇1)

民宿Mの晩ごはんは海の幸だらけのとっても豪華なものだった。
カツオ、鯨、チャンバラ貝…とにかく全てがおいしい。

「この宿は当たりだねぇ!」
その日の宿泊客はおじさん2人(お遍路ではない)とぼくの3人。
3人とも、絶品料理に舌鼓を打ち、女将の饒舌なトークを楽しんでいた。


19時になった。
「今日の日没は19:10でしたよね?」
「そうね、あ、でもこれは完全におひさまが海に沈み終わる時間だから…」
「え、じゃあ急がないと!!行ってきます」
ぼくは、室戸岬からの夕日と朝日を見るためにこの宿に泊まったのだ。



急いで宿を飛び出した。空はすでにオレンジに染まっていた。

室戸岬の先端の山(盛り上がり)に隠れ、太陽は見えない。
もう沈んでしまったか…?疲れた足を懸命に持ち上げ、全力で走る。

数秒後、岬の西側に抜けた。

澄んだ空の遠く、海の上に、赤く、黄色い、輝く太陽が見えた。
スピードを緩めず、道路の西の端まで向かった。



「はあ、間に合った…」

そこには一人、スーツにワイシャツのお兄さんが佇んでいた。
この場所には不釣り合いな恰好だった。

「こんばんは、夕日、綺麗ですね」
「ああ、こんばんは、いよいよだね」



日没、それは、普段は意識しない太陽の動き、時の流れを
身体中で感じることのできる特別なひとときだ。

刻一刻、めまぐるしく空の色は変わり、太陽はおちてゆく。

無言でその様子を見ては、カメラにおさめ、目に焼き付け、溜息をついた。
ぼくは、この先、あの日の沈む先に向かって歩いて行く。
ここからは見えもしない、途方も無い距離を。

「終わっちゃったね…」
「終わりましたね」



「お兄さんは、スーツですけど、お仕事か何かですか?」
「うん、出張でね、全国を回ってるんだけど、各地で夕焼けを見るのが趣味なんだよ」
「いい趣味ですね」



太陽が沈んだあと、青とオレンジと紫の暗くも鮮やかな空と海を見ながら
2人は自然と話しこんでいた。



「ぼくは歩き遍路してて、お察しの通りとは思いますが休職中でして。鬱になっちゃいましてね」
「鬱かぁ、俺の職場にもいたよ。そいつは溜め込み過ぎて、
取り返しの付かないトコまで行っちゃったけど…」



「ぼくは完璧主義がたたってしまったんです。
先輩と自分とを比べてしまって、出来てない自分が情けなくて、
落ち込んでしまって。経験年数が違うんだから出来なくて当然なんですけどね」

「自分がいまの職業に向いてないんじゃないかと思って、
転職のために色々と勉強したり動いてた時もあったんですが、
どうしても周りや親の目が気になるし、
そもそもそんな冒険をしてしまっていいのかなと不安になってしまって」

「全然仕事できないし、迷惑しかかけてないと自分では思ってたんですけど、
休職する際上司から言われたんです、君は3年目にしては100点だったよって。
それならはじめから言ってよって思いましたけどね、ハハ」



気がつけば、海を見ながら、横にいる名も知らないお兄さんに悩みを吐露していた。
お兄さんもまた、同じく海を見ながら語りかけてくれた。



「やりたいことがあるなら、すぐやったほうがいいよ。
俺の父はね、歳いってからだけど、バイクで旅でもしたいって、言ってたんだ。
でも父は、お金もそんな余裕はないし、もう少ししてからでいいかなって、
バイクを買わなかったんだ。
そしたらね、そのあとすぐ病気になってしまって、一気に衰弱してしまってね。
結局バイクに乗る夢を実現できないまま逝ってしまったんだ」

「こうして急に父に逝かれてしまってね、生前そんなこと言ってたもんだから、
ガーンと来るものがあったんだよ」

「人はいつ死ぬか分からない。やりたいことがあるなら、すぐにでもやったほうがいいよ。
そしてなにより、早ければ失敗してもやり直せるんだから」

「俺はもう40代だし、家庭もあるから、大胆なことはできない。
でも、いまの環境下で、最大限のやりたいことを自分を信じてやってるよ。
その結果、営業の成績はずば抜けてトップなんだ」

「だからね、まだ道を大きく変えられる可能性の残っている若い人には、
やりたいことをやってもらいたいんだ。
若さは、他のどんなことよりも価値がある。それを若い人に知ってほしい」

「そういう意味でも、君が今、その歳で、やりたいと思った歩き遍路をしてることは、
すごく意味のあることだと思うよ」



空の青はすっかり濃さを増し、波の荒い音が2人を包んでいた。



「あと、君は人と比べて落ち込んでしまうと言っていたけど、それはナンセンスだ。
さっき言った通り、人はいつ死ぬか分からないし、人それぞれ与えられた才能も環境も違う。
人は平等じゃない」

「そんな不条理な人の世で、人と比べて、もしくは人から比べられて、
上司からほめてもらって、それには何の意味もないよ」

「俺は、人に依存せず、自分のことは自分で褒めてるんだ。
自分がやれる人間だってことは、自分が一番知ってる」

「君は実際の実力よりも自分を低く評価しすぎてるんじゃないかな。
10のうち3できたら、3できたことを喜ぼうよ。10できなかったことを嘆いてちゃ駄目だ」



「たいていの心配事は起こらない。行動したほうがいいよ」



この日に、たまたま夕日を見ようと出かけた2人が
たまたま同じ場所に来て、会話をした。

たまたま人生に悩んでいるぼくが、たまたましっかりとした人生哲学を持つ人と話ができた。
偶然にしては出来過ぎている。



「お兄さんと話してると、偶然なのに、会うべくして会ったというか、そんな気がするんです。
いまお遍路中なのでそれらしいこと言いますけど、弘法大師さんが作ってくれたご縁というか…
もはやお兄さん自体が弘法大師さんなんじゃないかって気持ちすらします(笑)」



「ははは、そう思ってもらえると嬉しいよ。でもね、1つ君に知ってほしいことがあるんだ」

「日没のとき、君が走ってきて、ここに止まって、ニッコリと挨拶しただろう。
初対面だったけど、その顔を見て、気が合いそうだと思って、俺も話ができたんだ」



「…縁を掴んだのは、君だよ」



真っ暗になった岬の先で、2人は握手をし、別れた。



もろもろの寝る支度をし、ライトを持ってぼくは改めて宿を出た。
岬の先端、小さな岩が敷き詰められた海岸に寝転び、空を見上げる。

星空の美しさに息を飲んだ。
どこまでも続く太平洋。空と海の境目が分からなくなる。

弘法大師空海も、この夜を見たのだろうか。
この変わらない波の音の下で。



異なる軌道を走る2つの星。たまたまの並走区間を終え、今後再び会うことはない。
けれど、片方の若い星は、確実に従来とは異なる軌道を進もうとし始めていた。

9日目(後篇2)



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