煩悩遍路15日目「限界突破」―修行の道場―

5時起床。
半乾きの衣類をザックに詰め込み、6時に宿舎を出る。


イタルさんは青龍寺の納経を昨日せずに来たらしく、
納経所が開く7時までここでゆっくりしていくとのこと。
ぼくとリクくんの2人で先へ進むことにした。

テラスでカップ麺の湯を沸かすイタルさんの後ろ姿を見てさよならと声をかけた。
彼と直に喋るのはこれが最後となった。



今日は須崎を通って窪川方面へ向かう。
浦ノ内湾には巡航船がある。昔、弘法大師もここは船で渡ったという言い伝えがあり、
それならば(歩き遍路的に)合法交通手段だよねということで、
足のマメがひどいことになっているリクくんは船に乗ると張り切っていた。

7時ごろに出港する船を目指す。それを逃すと次はたしか10時台。


早朝だからか、下り坂だからか、ぼくはなんだか足が思うように進まない。
急いでいるリクくんに申し訳ないし、「ぼくはちょっとゆっくり行くから、先行ってて」と伝えた。

では、と彼は足早に先へ進み、見えなくなった。

昨日雨の中渡った宇佐大橋を戻り、そこから西へ。
渡船場が見えてきた。彼はうまく乗れたんだろうか。
もし乗れたなら、3時間ほどの時間短縮になる。しばらくは追いつけないだろう。

ちょっとさみしい気がした。



湾の中の静かな海を見ながら、一人歩く。

雨は止む。日はまた昇る。波は寄せて返す。
そんな当たり前のことに心がざわつく。

こういうのを「感動」というのだろうか。
雨の日があるから、晴の日の嬉しさが際立つのだ。

当時のメモを見るとこういったポエミーなことがしばしば書かれている。
よっぽど暇なのか、疲れ切っているのか、他に見るものが無いのか。
それでも、ただ歩くだけというこの行為も、もう日常と化していた。
雨が降っても、足が痛くても、眠くても、暑くても、疲れても、歩く。



ペースはゆっくりだがノンストップで歩いていると、休憩所でリクくんが休んでいた。
「聞いてくださいよ!船、あと1分のとこで出ちゃってたんです。笑うしかない...」

おやおや、なんか自暴自棄ムードになっている。
よほど誰かにこのことを聞いてほしかったのだろうか、やけに饒舌になっていた。



一緒に歩く。
そういえば、リクくんと2人で歩くのって、いままで無かったな。

ぼくはノンストップで歩いていたので少々疲れて、ところどころ休んで先に進んでもらってたけど、
すぐに追いついた。

実は休んでいる間に、秘密裡に連絡していたシロさん onバイクと休憩所で待ち合わせていた。
シロさんのもう一つの家がこの先にある。2日後の夜に、泊まらせてもらうことになった。
彼は区切り打ちなので、この時点で既にお遍路は中断しているのだ。

「とりあえずあと2日、がんばってね。この先どこまで歩くのか知らないけど、
 それはまたうちに来てから、考えればいいよ。」
「はい、チョコどうぞ、じゃあね」

彼は単身どこへ行くのだろうか。彼女とデートかなあぁ。
バイクの似合う彼の背中を目に焼き付け、もらったチョコにがむしゃらに食らいついた。
その甘さが辛かった。



昼前になり、脚の調子も上がり、リクくんに再度追いつく。
ぼくの提案で、須崎名物の鍋焼きラーメン店に突入。人気店で混んでいた。
3年前のスケッチ旅でも食べたラーメン。ここまで歩いてきたんだな。

リクくんは鍋焼きラーメンの存在を知らなかったようだ。

「船の件は残念だったけど、おかげで鍋焼きラーメン食べれたから、良かったじゃない」
ちょっと押し付けがましい気もするけど、他人の後悔はなぜか前向きに考えられるもんである。

「ちかひらさんはグルメですね~」
いや、単に食い意地張ってるだけなんだけど...と思いつつ、
香川には何度も讃岐うどんを食べに遊びに行ったことを話していたことを思い出した。
グルメなのかもしれない。

これは後に気づくことだが、
人間、身体的限界を継続するような状況下でもどうしても外せない行動というものがあり、
歩き遍路ではそれが如実に現れる。

疲れ切っているけど、鍋焼きラーメンは外せない。
そんなぼくはグルメなのかもしれない。



さて、今日はどこまで歩こうか。
土佐久礼に野宿スポット、しかもベッドまである所があるらしいからそこにする?
或いは思い切って峠を超えて影野駅まで行くか…?駅寝やってみたいし。

リクくんは船のことをまだ引きずっているようで、
ヤケクソだ、夜8時くらいまでかかるけど影野駅まで行こうという気分になっていた。



夕方が近くなる。
遠くに姿は見えるもののなかなか追いつけないお遍路さんがいて、
止まっているスキにようやく追いついた。
40代の真っ黒な髭坊主のお兄ちゃん。マルさんとでも呼んでおこう。

話を聞くところによると、野宿無し歩き遍路で、お遍路自体は2回目。
「時速5kmで歩けば1日50kmは歩けるよ」
「前回は25日で結願した」
「足摺岬のピストンもね、荷物を手前の宿に置かせてもらって時速6kmで歩けば1日で行けるんだ」


って、バケモンかい。30日切った切らないで自慢大会があるくらいなのに、25日って…
まーテントと寝袋を持っている野宿組と比較しても意味は無いんだけれど。

そもそも昼飯も歩きながら食べてるらしいし。


ただ、妙にライバル心を誘発させ、もろに影響を与えてくるタイプの人だった。
結局、リクくんとぼくとでもう意志は決まった。
峠越えをしよう。影野駅まで行こう。50kmを超えるのだ。


マルさんは土佐久礼の宿に泊まる。
スーパーで夕飯と明日の朝飯を買うとき、マルさんはおにぎりと唐揚げを接待してくれた。

「がんばってね、若いんだし、2人だから、いけるいける!」

完全にノセられている。



ここから影野駅まで大体8km。だが、峠越えだ。
すでに17時ごろであり、霧雨も降っている。

もうヤケだ。2人で、峠へ向かった。

ただひたすらに、無言で国道を登っていく。
菅笠に当たる雨の音が聞こえる。

足の調子は順調で、濡れて入るけど痛くない。
坂道は前傾姿勢になるからだろうか、あまり疲れないし、早めのペースで歩ける。

ちょくちょく後ろの様子を見ながら進んでいく。
リクくんはちょっとしんどそうだ。マメもひどいしと言っていたからなぁ。
「歩ける?」「大丈夫です…」



途中のトンネルで雨をしのげるありがたみを感じ、
霧がかった山々を見下ろしてはその幻想的な風景に息を呑む。

こうした経験もまた、船に間に合わなかったおかげ…なのだろうか。
そうでも思わないとやってられない感じはある。



日が暮れた。七子峠に着いた。あとは降りるだけ…

そこには潰れたガソリンスタンドがあった。
ちょっと一休み…。

2人とも憔悴しきっていた。再び雨の中歩き出す余力は無かった。
どちらからの発言かは忘れた。「ここで野宿しよう」

風邪ひかないようにまずトイレで着替え、夕飯を食べる。
リクくんの足のマメは更に悪化しているようだ…。



リクくんの計測によると、この時点で本日の歩行距離50kmを超えていた。

これを毎日繰り返せば、あっという間に結願できるね、と笑いつつ、
毎日は無理だろうなと実感した。
でも、この時、もう元には戻せない煩悩が取り付いていた。
一度出来たことは、次も出来なければならない。
限界突破のあとに見えるのは、より高いハードルである。

この経験が翌日以降ぼくを苦しめることになるのことに、その時まだ気づかなかった。



寝る支度をする。
ぼくはテント、リクくんはテントを持っていないので寝袋だけで寝るそうだ。
大丈夫かなぁ。

雨の音は子守唄。おやすみなさい。






・・・





「ニャーニャー」

深夜、突然ネコの鳴き声がした。しかも、鳴き止まない。

思わず起きてテントから出ると、野良猫がリクくんの睡眠を妨害していた…
ここで野宿する歩き遍路に餌付けされているのか、夜を狙ってやってくるのだろう。

何遍遠くへ連れて行っても、トイレの個室に閉じ込めても、
恐るべき身体能力で戻ってくる。
そしてぼくらの貴重な食糧をザックから漁るのだ。



寝る気力すら、ネコへの憎しみすら沸かなかった。
もし一人だったらテントに閉じこもって無視して寝るかもしれないけど、
今日は無防備なリクくんがいる。これでは寝れないだろう。ほっとけない。

1人用のテントだけど、詰めれば2人入れる。食べ物と貴重品と人間だけテントに入れ、
その他リュックは外に出し、2人で寝ることを提案した。

彼は断らなかった。
断る気力すら無かったのだろう。そして、それ以外に選択肢はなかったのも事実である。

頭と足とを互い違いにし、少しでも安眠する。
もし、ぼくがカムアウトしていたらリクくんは拒んだだろうか。
ぼくの進言はいやらしいものと映っただろうか。

失礼だけど、彼はぼくの好みのタイプではなかったのは両者にとって幸いだったのかもしれない。



この日、50kmという記録と、それに付随する距離という名の煩悩の芽を新たに獲得した若者は、
旅の道連れと、一つテントの中で眠った…。

15日目


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