煩悩遍路17日目「だからこそ」―修行の道場―

17日目

超快晴で猛暑。今日も今日とて6時から歩き始めた。


黒潮町の山中、日陰もなにもない国道を歩いているとさすがにきつい。
通り掛かる車も少ないし、当然人影も見かけない。

つくづく、地元の人とのなにげない挨拶もパワーになっていたんだなと思う。

自販を見つけ、躊躇うこと無くジュースを購入。
しばらく休んでいると、急に車が停車し、乗っていたお兄さんがカロリーメイトをくれた。
「がんばってください!」

歩き遍路のために常備しているのだろうか…
なんにせよ嬉しすぎる。あーもうだめ!となった時にお接待がいただける。そして頑張れる。



昼前に日本最後の清流に出た。
さすが有名な川だけあって、その景色は壮観。快晴ということもあって気持ちよかった。

ここでシロさんと待ち合わせ。
実は昨日連絡をとっていて、今夜は彼の別邸に泊まらせてもらえることになっていたのだ。

都合つけてもらっての、6日ぶりの対面。
申し訳ない気持ちもあるけど、素直に楽しみだ。

「はるばるここまでよく来たね。このあとどうするの?もうお遍路区切るんだっけ?笑」
「いやーまだ悩んでるんですよ」
「いいよいいよ、明日の朝までに決めればいいんだしね」

とりあえず、完歩にはこだわってない(ということにしている)し、
夜まで時間があるということで、
彼の車で足摺岬まで連れてってもらうことにした。



海沿いのクネクネした道を岬へと進む。
車は速い。毎日歩いてばっかりいると、本当に速く感じる。
足摺岬は通常往復だけで2,3日はかかるのだけど、
ぼくはシロさんの車によってワープさせてもらった。

もし歩いていたら出会ったかもしれない人々、遭遇したかもしれない出来事、
沸き起こったかもしれない感情はきっとある。
でも気にしない。シロさんと過ごし、会話をするこの時間が、何よりも有意義だった。
ぼくはそれを選んだのだし。



はーるばるーきたぜ足摺~
38番札所、金剛福寺に到着。
もし、もう一度歩き遍路をすることがあれば、次回は歩いてたどり着いてみたいとも思う。
と同時に、また縁あって車でくることになるのかもしれないな、とも思った。

そして周辺をぶらぶらした。台風の時期によくTV中継で見る灯台、
そしてまさにそのカメラもあった。

近くに恋人の聖地的なスポットがある。
茶化して「ここ来たことありますか?」聞いてみたところ、彼女と来たよ、とのこと。
「恋が成就するといいですね」と適当に相槌をうった。
正しくないことを応援していることになっているのは分かっていた。



帰りは、歩きでは絶対に通らないであろうスカイラインを走り、その後岬の西側へと抜けた。
シロさんは、道の駅にて新鮮な海産物を買っていた。夕食の材料である。



夕刻、彼の別邸に到着。
午前中しか歩いていないのにかなりの距離を進んだ。なんだか不思議な感覚。

そして、旅で出会い意気投合した人の家に今夜宿泊させてもらうという
非日常感というか非現実的事実。
テンションがあがってくるような、楽しいような、不安なような、複雑な心境が頭を巡る。

とりあえずザックをおろし、シャワーを借り、今日の分の洗濯もさせてもらう。

シロさんはさっそく魚をさばき、夕飯を作り始めていた。
今日は奥さんはいないようだ。

家にはアウトドア、インドア、様々なジャンルの趣味道具や作品がきれいに置いてあった。
あちこちで描いたという絵も見せてもらった。

料理もおいしかった。このところ貧相な食事しかしていないので、むさぼり食った。
ご飯のおかわりの回数は、忘れた。

とにかく多趣味でスキルもすごい。そして恰好良い。
なんだろう、この感じ。スーパーマンと一緒にいる感覚とでも言おうか。

それでも彼はこう言ってくれた。
「気が合うと思ったから一緒に歩いたんだし、家に呼んだんだよ」と。



酒を飲み交わしながら、静かな居間で、2人は人生について語り合う。
あの日、星空の下テントで語った時のように。

彼はいつも言う。
人はどうせ死ぬのだから、いま好きなことをすれば良い、と。
趣味が多いのならばそれを存分に楽しむ。
20年後に「あのときこうすれば……」が無いように。

来年彼は二度目のサンティアゴ巡礼をしに行くようだ。
誘ってくれたけど、そのころぼくはどうしてるんだろう。退職してついていこうか。

「きみは他人からどう見られるかを気にしすぎてるよ。自分で自分を固くしてしまってる。
 どうすれば殻を破れるだろう?思い切ってなにか行動を起こしてみれば、きっかけがあれば…」

「本質ではきみと俺は似てるよ、あとは、殻を破れるかどうかだけ…」



人生をかけてでもやりたいこと、それを決めかねるのならば、
仕事は仕事として割り切ってやって、余暇として、趣味として追求するのもアリだよね、
とは言われた。
でも、休暇とかが融通のきく仕事じゃないとね、とも。

いまの仕事じゃあ、融通きくどころか、満足に休みすらとれないよなぁと愚痴っていた。
休職という立場は、いずれ復職するということだ。
でも本心では、ドーンと辞めて、まさに今みたいに放浪したいと思っている自分がいる。
いや、いまもまさに放浪はしてるんだけどね。



結局のところ、自分の人生は自分で決めるしか無い。
誰から何を言われようとも、それで自分の人生を変えてくれるわけじゃない。

いくらアドバイスをもらっても、彼の人生の出来事を聞いても、
ぼくが決意しなければ何も変わらない。
他人の人生や人生観を参考にしても、それをなぞるだけでは意味がない。
それは自分の人生を歩くことと同義ではない。

自分自身が何を思い、決意し、そして、実行できるか。

転職?放浪?
それともいまの「向いてないと思っている」仕事を続ける?
死んだときにどんな人だったと言われるような人生にしたい?
世間体で無意識に隠してしまっている願望はない?

ひさびさに飲んだお酒で意識が朦朧としてくる。



それでも、シロさんと2人っきりでこうして飲み、語り合うという現実はある。
それだけで、幸せなんじゃないか。

人は生きたいように生きている。

鬱にはなったけど、放浪したいと思ってて、いまこうしてお遍路ができている。
シロさんとまた会いたいと思って、一度は延期になったけど、
いまこうして泊まらせてもらっている。

十分、有意義な若い日々を過ごせてるじゃないか。



「それでもなお」何かひっかかるものがある。
いや、それは「だからこそ」なのかもしれない。

毎日歩き、陽とともに暮らし、野宿し、山々を臨む。
道端に生えている野草・イタドリをかじり、木苺を食べ、湧き水を飲む。

こういった健康で有意義な毎日を送っている現実があるからこそ。
たまに寂しくもなるけど、心から充実しているからこそ。

ぼくは本当はこういった人生を送りたいんだと、心の殻の中から叫び声が聞こえる。
普段は閉じている殻が痛みを伴って開こうとしていた。

いっそのこと開ききったら楽になるのかもしれない。



あの日と同じように、眠りについたのは日付を跨いたあとだった。
 


スポンサーサイト

コメント

tokotoko #-

写真を見て。懐かしくなりましたよ。自分も四国遍路が大好きで行っています。
といっても車です。昔、大病をしてその祈願に行きました。
自分もたくさんの事を考え、感じました。
写真には、自分の多くの思い出と被写体の方たちの思い出が詰まっていました。
自分はお堅い仕事の中で一人、独身を通しました。
そして最後まで一人でいきます。気楽で極楽、ちょっと寂しい、とおもうけど
これは人が大勢いても一緒の感覚です。
さあ、四国はもちょっと暖かくなったら出かけます。
自分のペースで、ちかひらさん。

2016年12月19日(月) 20時37分 | URL | 編集

tokotoko #-

写真を見て。懐かしくなりましたよ。自分も四国遍路が大好きで行っています。
といっても車です。昔、大病をしてその祈願に行きました。
自分もたくさんの事を考え、感じました。
写真には、自分の多くの思い出と被写体の方たちの思い出が詰まっていました。
自分はお堅い仕事の中で一人、独身を通しました。
そして最後まで一人でいきます。気楽で極楽、ちょっと寂しい、とおもうけど
これは人が大勢いても一緒の感覚です。
さあ、四国はもちょっと暖かくなったら出かけます。
自分のペースで、ちかひらさん。りきまないで

2016年12月19日(月) 20時38分 | URL | 編集

ちかひら(管理人) #-

>tokotokoさん

コメントありがとうございます!

tokotokoさんは遍路経験者の方なのですね。
なにか自分自身をはじめとして考えにふけってしまうような仕組みが
四国にはあるのでしょうか。
また四国へ向かうんですね。新たな出会いや心の琴線に触れる出来事がきっとあるでしょうから
楽しんできてください!^^


2016年12月20日(火) 22時21分 | URL | 編集


トラックバック

GO TOP