煩悩遍路22日目「疲労の限界」―菩提の道場―

22日目(1) 

はじめてテント無し寝袋のみの野宿をしてみたが、案外大丈夫だった。
山深いところなので夜は多少冷えたけど、屋根があるから夜露は問題なかったし、
寝袋にすっぽり入って快適だった。

今日も朝の6時から、峠を目指して歩く。

のっけから足が痛い。
体重+α荷物15kgが肩、腰、足にくる。
マメはまあ許容の範囲内だけど、疲労骨折してるんじゃないかってレベルで足の裏が全体的に痛い。
歩くたびにジンジンとした痛みが襲ってくる。
骨の表面がトゲトゲになってて、それが皮膚の内側から針を刺してくるような…。

足の痛みと歩くことのマンネリ化、正直しんどかった。
特に誰に会うこともなく、国道の緩やかな坂道を進む。
歩き遍路は一人ひとりペースが違うから、ずっと仲間とワイワイできないってことは分かっている。
でも…人恋しい。

明日、松山に着いたらもう一旦区切って帰ろうか…。
このまま最後まで歩き続けられる体力はもうないように思われた。



携帯の電波が圏外になる前に、明日の夜の宿の予約をすることにした。
3年前のスケッチ旅でお世話になった道後のすぐそばのSゲストハウス。あそこにまた泊まろう。
と思ってウェブサイトをチェックすると、なんと!しばらく臨時休業だった…。
オーナーが旅行かなにかに行っているらしい。

ええ…このタイミングでそりゃないよ空海さん…としょんぼり。

まあ仕方ない。
気を取り直して、安宿リストに載っていたこれまた道後のすぐそばのゲストハウスFに電話。
こっちのほうが料金は安く、1泊たったの2,000円なのだから驚きだ。
結果オーライということです。

とりあえず、明日の宿確保だ。



「上畦々(かみうねうね)」という面白い地名を過ぎ、アスファルトではない山道を進む。
道沿いには人工林や椎茸栽培所などがある。このあたりを仕事場にしている人もいるのだな。

この旅で、自然、山、樹木、植物を対象として働いている人を見てきた。
どんな場所にも、たとえ限界集落であっても、人は働いている。



10時半、歩き始めて4時間半が経ち、ようやく鴇田峠(ひわたとうげ)へ到着。標高790m。
もう、しんどいしんどい言うのもしんどいくらいしんどかった。
普通の山登り程度の峠だけど、ここまで歩いてきて蓄積された疲労と枯渇した気力では辛い。
心なしか急登だったし。

ここから久万高原町まで標高にして300mほど下る。
峠にあった看板によると、昭和30年頃までは手前の地区とを繋ぐ主街道として賑わっていたらしい。
なんと茶屋もあったそうで…。ほんまかいな。

高知と愛媛との県境の松尾峠もたしか似たようなことが書かれていた。
兵どもが夢の跡…意味は違うけどそんな感じの雰囲気。



先へ進むと視界がひらき、町並みが見えてきた。
山々に囲まれた町、久万高原町。

見つけたお寿司屋さんに倒れ込むように入った。もう限界。

座敷に通してもらい、寿司うどんセットを注文。
机に突っ伏した状態でもう動けない。
ここから大寶寺、岩屋寺までいけるんだろうか。また山登りが待ってるぞ。

しばらくすると昼時になって店内が混んできた。
僕がいたのは4人用の机だったので、相席で、向かいにおばあちゃんと奥さんの2人が座ってきた。

よほど疲れた顔をしてたんだろうか、その2人が話しかけてくれた。
何を話したかほとんど覚えてないけど、
唯一、「汗まみれで臭いですが、どうぞ」と最初に言ったのだけは覚えてる。

店員のおばちゃんにも激励の言葉をもらって、再出発。
夕方までに45番岩屋寺を目指す。



まずは町中にある44番大寶寺。
そして、そのまま山の中へ…。

ここからは県道12号線を通るか、2.8kmに及ぶ八丁坂ルートを通るかの2パターンある。
八丁坂ルートは修行の山道らしい。

疲れてるけどなんだかんだでやっぱり八丁坂を選んだ。
足元がアスファルトじゃないほうが足の痛みが和らぐ気がするし、
雨も降ってないからなるべく遍路道を通りたい。

長く険しい山道だった。展望もほぼないし、すれ違う人もいない。
木の葉が積もる細道を黙々と歩いた。金剛杖に体重の半分くらいを預けていた気がする。

八丁坂にも茶屋跡があった。昔の人はおかしい。



3時間ほど経ったころ、見慣れない岩が見えてきた。
いや、岩じゃない。崖だ。

谷のような地形に、垂直にゴツゴツとした岩壁が立ちはだかっている。
その上下に木々や苔が生え、その間を下っていく。

どうやら岩屋寺は目前のようだ。名前の通り、岩。
その荘厳な岩壁に見とれていた。
ここまで歩いてきて良かったと思った。

真っ赤な不動明王立像があった。怖いがこの場所にすごくしっくりくる。
元は山岳信仰なのだろうか?よくわからないが、
この辺り一帯の岩壁を一目見れば信仰心が芽生えるのも当然なような気がした。

多数の童子像の間をジグザグに下ると岩屋寺の境内に入れた。

八丁坂ルートをとる歩き遍路は、岩屋寺は裏側から入ってくることになる。
逆に車遍路の人は下側の正門を通って長い参道を登ってくるのだが、
どうやら88の札所の中で最も駐車場から遠いお寺らしい。
参拝者はだいたいみんな疲れている感じがしてなんだか面白かった。

車遍路の人からはたいてい「歩いてるんですか?すごいですね」といった言葉を
かけられるのが常なのだけど、
このお寺でのその言葉は、他のお寺でのそれよりも重みを感じた。
駐車場からここまででもかなりキツイのに…みたいな実感がこもっているような。

関係ないが、他の参拝客が自分のと同じ金剛杖を持っていたので長さを比較させてもらったら、
20cmくらいちびっていた。
普通はお遍路1周で10cmちびる程度らしいので…強く地面を叩きすぎなんだな、ぼく。

身体は疲労困憊だったが、そのしんどさとお寺の荘厳さという意味では
この岩屋寺というお寺は、強く印象に残っている。



さて、納経を済ませ、とりあえず食べ物を…ということで近くの売店に寄ってみた。
そこのおばちゃんが親切にもパンを数百円まけてくれた上に、野宿情報を教えてくれた。
少し下ったところの国民宿舎Fのそばにある建物の軒下でテントが張れるらしい!

これはかなりありがたい情報だった。
もうこの夕方の時間で、麓の久万高原町までのバスは無かったから。



国民宿舎Fに到着。日帰り入浴とレストランでの食事が出来るとのことで、活用する。
2日ぶりのお風呂。最高だった。

フロントの人と話していると、洗濯機や乾燥機もありますよとのことだった。
なんだよ、最高かよ…。
しかもその隣の建物でのテント泊もしっかり許可をくれた。ありがたい。

こうして思わぬ形で風呂、食事、洗濯、寝床を確保できた。



テントにもぐり、例によって明日のことを考える。
明日はいよいよ松山市街地入りだ。宿も確保済み。

正直いって体力・気力ともに限界がきているのは確か。

松山は交通の便が良い。再開時にアクセスしやすい。
区切るなら松山だ。よし、明日でお遍路は一旦中断しよう、決めた。
はじめは四万十で区切るとか言ってたのに、ここまで来れたんだ。十分じゃないか。



夜中に到着したちょっとめんどくさい感じの5回目の歩き遍路のおじさんに、
眠たいのに閉店間際の宿舎のレストランに連行され、ビールと遍路トークを強要された以外は、
なんとなくさっぱりとした気分で締めくくれた長くしんどい1日だった。

22日目(2)


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