煩悩遍路30日目「もしも」―涅槃の道場―

30日目(1)

7月11日(月)。旅はついに30日を超えた。

人生には数多の分岐点がある。
どの選択肢を選ぶかで、その後の道は変わる。
その道の先にどんな出会いがあり、何を考え、思うのか。

今日は色んな可能性、分岐、平行世界がある日だった。



朝の7時、民宿を出発する。
宿の主人と握手。「行ってきます!」

66番雲辺寺は標高910m。四国霊場最高峰である。
泊まった民宿が標高240mだから、そこから一気に標高を稼ぐことになる。

この急登がかなりきつかった。
傾斜30°以上あるんじゃないの?って思うほどのコンクリ道や、ほぼ直登の山道。
そして襲いかかる湿気ですぐバテバテに。
しばらくして車道に出たあたりで、同泊していたサンダル遍路の彼に追いつかれた。速い。


8時半に雲辺寺に到着。
霧がかって視界はゼロだったが、境内は広く、きれいに整備されていた。
奥の方に五百羅漢があって、その表情やポーズが豊かで面白く、見応えがある。
通夜堂もあってそこそこの人数が泊まれそうだ。
夜は寒そうだけど、次回来ることがあれば泊まってみたい。

ロープウェイ乗り場の手前に、ここ徳島県と香川県の県境があった。
ついに最後の県に来た。ここから「涅槃の道場」である。



長く緩やかな山道を下っていく。
サンダル遍路の彼はめちゃくちゃ歩くスピードが速いので、先に行ってもらった。

タオルが絞れるほど汗だくになりつつも、数種の鳥の鳴き声に癒やされる。
長ズボンだと正直言って脚が暑い。まくって半ズボン状態にしてみる。
民家の屋根付き駐車場のベンチを借りて、宿が持たせてくれたおにぎりで昼食タイム。
風がきもちいい。靴下を脱いで、汗で湿った足を干す。

麓まで降りて、ちょっと道に迷いつつも近所の人に場所を聞いて、無事に67番大興寺に到着。
納経所にてお坊さんが話しかけてくれた。

「あと少しで終わりですね」
「どんな心持ちで締めくくろうか悩んでて(笑)」
「楽しんで終われば良いんですよ。がんばってくださいね」

気が楽になる。



観音寺市を歩いていると、電柱に、善根宿の張り紙があった。
無料・要予約とのこと。今夜はここにお世話になろうと思い、さっそく連絡してみた。
どうやら事務所の一角を借りて寝られるらしい。

さて、寝場所の確保もできたし、ラストスパート、68番神恵院、69番観音寺を目指す。
この2つのお寺は同じ敷地内にあるという珍しいタイプ。

…歩いていると、道の先に車が停まった。
作業着のお兄さんが出てきて、なにやらこちらを見ている。
なんだろうと思ったら、なんと昨日椿堂でお接待をいただいたタケさんだった。
まさかの再会!

どうやら今日は仕事でここを通りかかって、ぼくの目立つ色のザックを見て、
昨日のお遍路さんだとひと目でわかったらしい。
少しの距離だが、お寺まで車に乗せてもらった。

車中で、昨日より踏み込んだ話をした。
十数年前、タケさんは製造業に勤めていたが仕事中にパニック障害になり、
少し休みをもらって歩き遍路をしたらしい。
それ以来多くの歩き遍路を見かけてはお接待をしている。
「鬱の人も多いよ~」と彼は言っていた。

タケさんはその後復職したが、結局環境が変わらないので再発し、退職。
その後職を転々としたようだ。
一時期はお遍路休憩所のお手伝いをしていたこともあるらしい。

「メンタル不調は旅先では回復するけど、日常に戻ったら結局同じだよ」
諦めたような口調でつぶやいていたのが印象的だった。



「今夜、よかったら俺んちに泊まらない?」と誘っていただいた。
しかし、既に善根宿の予約をしてしまっていたので、残念ながら断ることになった。

なにやらぼくのことを気にかけてくださっているようだ。
連絡先を交換して、ありがとうございましたと伝えて、お別れ。
地元の、お接待を日常的にやっている人との出会い。こんな縁もあるんだな。



お寺の奥の展望台からは、「銭形砂絵」と呼ばれる超デカイ寛永通宝の砂絵を臨むことが出来る。
写メを撮って携帯の待受にすると金運アップらしいので、100枚くらい撮っ(てない)。

大阪から来たという逆打ち区切り歩きのおっちゃんがいた。
仕事の合間をぬって打つため、なるべく一回に長距離歩くつもりでいるそうだ。
今日で5日目。ということはぼくもあと5日くらいで終了するということなんだな。
そんなぼくをおっちゃんは羨ましがっていた。

逆打ちの人との立場がお遍路をはじめた頃と逆転しているのが
なんだか面白くもあり、寂しくも感じた。
1日目の夜に出会った結願直前の青年の、あの遠くを見るような目を思い出す。
ぼくもこのおっちゃんからはあのような姿として映っているのだろうか。



香川といえばうどん。というわけで早速夕飯に讃岐うどんを食べて、その足で善根宿へ。
善根宿は、考えてみると2日目の夜以来である。
と言ってもあの善根宿は温泉併設の町営だし、
実質ガチの善根宿は今日が初めてっていうことになるのかな。

着いてしばらくすると管理人(というかそこの事務所の社長さん的なおっちゃん)が来た。
2階(屋根裏)で寝るもんだと思ってたら、クーラーのある1階に畳をしいて寝ていいよとのこと。
遠慮なく、クーラーを利用する。この蒸し暑い夜に本当にありがたい。

「お兄ちゃん仕事は何してるの?」
「休職してます」
「工場は興味ないですか?知り合いに大手の工場の社長がいるから紹介できるよ」

正直、ちょっと心が揺らいだ。
香川は好きな県だし。タケさんのようにお遍路と関わりながら生きていくこともできるし。

でも…

この旅で気づいた自分の素直な将来の希望がある。
住みたい場所。携わりたい職種。送りたい生き方。
それを伝えて、丁重にお断りした。

もしここでOKの返事をしていたら、あり得たかもしれない別の人生。
平行世界の産声がきこえるようだ。

でもそうした声をかけてくださるのは本当に嬉しかった。

「自分の身に起こるすべてのことは、自分の成長の為」
「歩き遍路は若いうちにするのがいいね。人生観が変わる人もいる」
「地元の人とのふれ合いを大切にしなさい」



今日は色んな可能性、分岐、平行世界を感じられた日だった。

もしサンダル遍路の彼のペースに合わせて下山していたら?
タケさんと再会はできなかっただろう。

もし善根宿を予約していなかったら?
タケさんの家に泊めてもらっていただろう。
その代わり、善根宿の管理人さんは勿論、展望台で大阪のおっちゃんにも会ってなかっただろう。

各々の平行世界でどんな出会いが、どんな会話があり、何を考え、思うのか。
選ばなかった世界のことは気にはなるけれど、考える必要はない。

あるのは、各分岐を選んだ現実だけ。
それを大切にし、それを最大限楽しむこと。


夜、タケさんからメールが届いた。
「きっと大師は今の君に必要な人間をこの旅の中で会わせているのでしょう。
長かった旅も終盤です。一歩一歩大切に。それでは明日も気楽に行きましょう」

30日目(2)



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