煩悩遍路 高野山へ

高野山

結願の日から5日。
夕方、和歌山県は九度山、町石道の途中の展望台にいた。
今夜はここの東屋で野宿をする。

町石道は、南海電鉄の九度山駅から高野山へ続く、22kmほどの山道である。
高野山へはケーブルカーでも行けるが、なんとなく歩いて到達したかったのでこのルートにした。

16時すぎに、おっちゃんが下山してきた。
歩くのが好きで、近場にある100kmくらいのトレイルをいくつか歩いているらしい。
お遍路さんでは無いようだ。

「四国遍路、終わったんですけど実感がなくて」
「今は無くてもそのうち出て来るかもね、数年後とかに。少なくとも自信にはなるよね」

「色んな人に会い、その人の価値観に振り回されてみるのは大事。考えるきっかけになる」



展望台なだけあって、夜景もきれいだった。
自分ひとり、いま世俗から離れて山の中腹で野宿しているんだ…と実感する。
うれしいような、さみしいような。

野宿するのも、今夜が最後だ。



夜が明けた。7月23日土曜日。
朝焼けが眼下の川に反射して、神秘的な美しさだった。

いい天気だ。高野山へ、いざ出発。

途中で、後ろからおじさんが追いついてきた。
区切り打ちでお遍路をしていたらしく、ぼくと同じく今日高野山へお礼参りに行くとのこと。

ペースが結構早く、12時半には高野山の大門に着いた。
ここは26℃。涼しい。



高野山は広かった。その中の道路を歩き、奥の院へと向かう。
土曜日ということで一般の観光客も多く、菅笠と白衣は多少恥ずかしいけど、
やはりそこは高野山。
車やバスで遍路を廻ったのであろうおじさんおばさんが、結構話しかけてくれた。
仲間意識みたいなものを感じてくれていたのだろうな。



奥の院へ行くと、杉の巨木がボンボン生えていて、厳かな雰囲気がそこにはあった。
武将たちのお墓もある。

奥の院のその一番奥へ。
この先には、かつて空海が入ったきり、誰も入ってはいないという。
そこから、今でも空海は生きているという伝承ができているようだ。

今でも、ここのお坊さんは毎日空海用のご飯を準備している。



空海さんに、88ヶ所めぐりの完了を報告。
そして、手前の納経所にて、納経してもらった。
「歩きで廻ったんですね。結願おめでとうございます」



これで本当に、ぼくのお遍路は終わったんだなぁ。



その後、また2日ほど名古屋で友人と遊んだあと、電車で家へ戻る。
大垣駅からの車内、ボックス席でたまたま向かいの席に座ったおじいさんが、
ぼくの荷物を見て話しかけてきた。
以前、ツアー遍路の説明会に行ったことがあるらしく、羨ましがられた。



四国という土地を離れても、見知らぬ人と話ができる装置、それが
四国遍路なのかもしれないな。

おじいさんはこう言って、電車を降りていった。
「満願成就おめでとうございます」

【完】


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コメント

陽太 #-

少しずつ少しずつ読んでいたのに、嬉しいやら残念やらとうとう終わりまで来てしまいました。
物語には終わりがあるものでございますが、もう少し続いてほしいと、そんな風に思ってしまっています。実際に歩かれた方には酷な要望でしょうけどw
お遍路を終えられてから1年近く経っていらっしゃるので今さら感がパないですが、満願成就おめでとうございます!
新品から始まった靴底の減り具合だけを見ても、ものすごい旅路だったのだろうと思います。

まあぶっちゃけ、道中で会った登場人物とたまにはムフフな展開とかあるんかいなと、煩悩だらけの目線で読み始めましたが、ここまで読ませていただいているうちに俺の煩悩もきちんと鳴りを潜めてくれました。むしろ煩悩だらけの自分を律したい気分になりました。

これからは日々のブログに戻られますかね。慣れない新天地での仕事は気苦労も絶えないと思いますが、引き続き更新を楽しみにしています。また立ち寄らせてください。

2017年06月06日(火) 14時28分 | URL | 編集

ちかひら(管理人) #-

>陽太さん

読み遍路(?)結願おめでとうございます、そしてありがとうございます!
結願の記事に書いてある通り、歩いていた本人が一番もう少し続いて欲しいと思ってました^^
ただ歩いていた日々が懐かしいです。また歩きたいなとw完全に旅病ですね~

タイトルに煩悩と冠してるのに本チャンの煩悩が無くてスミマセンw ヒヨって、悶々しただけで止めちゃいました。
お遍路のあとは煩悩なんか無くて悟ってましたが、今では煩悩まみれで平常運転やってます\(^o^)/

応援ありがとうございます。日常生活も、(ネタがあれば)ブログも、しっかりやっていきますね。
またお待ちしてます。

2017年06月09日(金) 21時57分 | URL | 編集


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