恋と憧れ

ノンケって、男性に対してどのような感情を持つんだろう。

スポーツ選手や俳優にはかっこいいと思うだろうし、博識な人にはすごいなぁと思うだろう。いわゆる「憧れ」という感情だけど、その憧れっつーのは、いったいどこまでの感情なのか。僕はノンケじゃないからわからない。

ゲイも勿論男性に対して広く憧れの気持ちは抱く。でも、その憧れと恋の感情が交じり合って絡み合って…どこまでが憧れなのか、どこからが恋心なのか、分からなくなること、当事者ならあるんじゃないかな。

僕は、このブログの記事で(ずいぶん昔の記事になってしまった)、大学生3回生になるまで恋愛感情のことを憧れだと勘違いしていた。そのせいでゲイ自認がかなり遅れてしまったのだけど、まあいい、そのくらい憧れと恋心とは曖昧になり得るという例。


恋について考えてみる。

ゲイにとっての男性、つまりノンケにとっての女性は、どういう存在なのか。どういう対象なのか。女性にも憧れはもちろん抱くだろう。でもその憧れの延長線上に恋愛感情があるかというとちょっと違うんじゃないかと思う。憧れの気持ちは、結婚したり付き合ったりしてからの、相手に対する尊敬の気持ちや思いやりとしては存在するだろうけど、それは恋による胸の高まりとは直結はしないんじゃないか。

ゲイの場合は、憧れの人の髪型、体型に近づけることができるし、同じ服を着ることもできる。


一般論より僕の話をしたほうがいい。
僕は、正直憧れと恋がめちゃくちゃ交じり合っていると自覚している。年上好きというのがその最たるものだ。
あんな渋い大人になりたい。博識になりたい。やさしくなりたい。かっこいい服を着こなしたい。世界を知りたい…

そういうもの、自分が持っていないものを持っている、大人らしい大人に対して、僕は憧れるし、恋をする。これまで好きになったひとは、ノンケ・ゲイを問わずみんなそんな人たちだ。


いや、何が気になるかというと、ノンケが男性に憧れた場合、その感情はどうなっていくのかということ。恋はしないだろう。なにか冷静に、客観的にその人のすごさだけを見れるんだろうか。

憧れと恋、正直いって、分離したい。あの人はすごい、ああいうふうになりたいと思うことはよくあるけど、それが論理的ではなく単に恋してるだけだとしたら、それは単なる盲目である。


男女ほど近づけないわけじゃないのもまた、メリットでありデメリットでもある。男同士なら憧れ=恋の人と友達感覚で過ごすことができるし、二人きりで飲みにいくこともできる。でも、結局近づけば近づくほどに、心の奥底では繋がれていないむなしさが積み上がってゆく。

憧れの人について語っているとき、ふと周囲との温度差を感じることがある。きっと、彼らはなぜ僕がそこまでアツくなっているだと、言わないにしろ感じ取っているだろう。そして僕もまた、一人空回りしている自分がなさけなくなる。

でもしょうがないのだ。これは恋なんだから。


男と男、男と女。ゲイノンケ関係なく恋することって同じだよ☆と啓蒙ポスターは教えてくれた。けど、たぶん、それは同じじゃない。


自分にないものを持つ者、これからもきっとそういう人を好きになり、憧れ、また好きになっていくんだろうな。


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