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父親を追っている

男性が好きというよりも、父親を追い求めているのかもしれないなと、最近思う。


自分はゲイ界隈では「フケ専」と自称している。老けた人、といっても中年~60代くらいだけど、年上の人が好きである。同年代の人にはあまり興味が向かないので、ゲイトークでありがちな一方通行の超悲しい学園ロマンス体験談はもっぱら先生相手の話に終始する。同年代で好きになる人もたいてい老け顔とか精神的に大人な人である。

でも、単純に年上がタイプだ、というよりも、そこに「父親」を投影しているんじゃなかろうか、と思うようになってきた。


職場にいる父性溢れる上司のことをストーカー気味についつい視姦してしまうし、鋭意執筆中の漫画に登場するおじさんキャラを興奮気味に描いては自分で抜いているし(ウソ)、素敵なおじさん5人がわちゃわちゃするドラマ某プレーヤーズもガン見していたし、光石研さんは本当にかわいくて作中で来ていたボーダーのセーターと白ワイシャツを来冬は買うつもりである。なんか無印とかにありそうなシンプルさだけど店頭には無かった。ドラマの製作者は登場人物の服装一覧とメーカーを開示していただきたい。


でですね、好きになるタイプの男性に共通するのは、その包容力や父性、やさしさ、知識、などなどが挙げられる。そしてこれはまんま実父にリンクしているのである。

自分の父親は人間が出来ていて(出来すぎているようにも思う)、他人の悪口はほぼ聞いたことがないし、降りかかる災難は受け入れるし、感情的に落ち着いているし、思考力や知識も豊富だ。すぐに話を一般論化するのが玉にキズだが、そういう話は自分は寧ろ好きだし、そうした思考ができる人を尊敬するし、おそらくそれもまた、父親を求めているのだろう。


いまの自分がやっていること、なりたいと思う人間像の多くの部分を、実父の人間像が占めている。恐ろしいほどに影響力が大きい。きっと理想形になってしまっている。

そしてまた、その姿を他人の大人の男性にも無意識に求めてしまっている。

最近年上の大人に対してイライラすることがあるなぁと気づいて、何にイライラしているのか考えた。大人のくせに他人の悪口ばかり言う、大人のくせにコンビニで買った揚げ物やスナックを食べる、大人のくせに読書をしようとしない、大人のくせに酒で荒れる。
実父だったらやらないことをやっている大人に対して何故か怒っているのである。このことを友人に話すと「他人はお父さんじゃないよ(笑)」とたしなめられた。

そういう状況下にあって、ある程度実父度を満たしている大人に対しては、好きという感情を抱くようだ。


どこかで父親を求めている。自立した大人になった自分だけど、それでも何か抱きしめられたい、包み込まれたい欲望。肉体的に、あるいは精神的に自分より大きな何かを求める。被支配欲。幼児退行的感情。
そう考えたとき、自分ははたして「男が好き」なのだろうかと疑問に思う。「父性が好き」の方が的確な表現なのではないか。妥協の結果として男が好きになっているだけなのではないか。


なぜ世の男性に父親を投影してしまうのか、その理由を考えるというのは野暮なことではあるが、少しだけ。

父親に足りなかったものを探すならば、イケメンじゃないこと(失礼)や、いわゆる男性性が弱いことだろうか。男性性が弱いというのは、いわゆる男性中心の仕組みや競争社会、根性、力、といったものが無い、あるいは苦手である、ということである。そしてそれは自分にもそのまま受け継がれている、って精神科の臨床心理士が言ってた。
その反動として、いかつくて男らしさ溢れる野球部の監督なんかも好きになるわけですね、はい。

ただ、前述したとおり、父親は温厚なので幼少期に父にかわいがってもらえなくてその結果父性をいまだ求めている、というようなことはない。ではかわいがってもらいすぎてそれに未だに依存したいと思ってるかというと、別にそうでもなくて、わりと突っぱねられて育てられたフシもある。

だから結局父性を未だになぜ求めているか、というのはよく分からない。
末っ子だからかな。


そういえば、小さいころ寝る前に父の上に乗っかってキスしまくっていた。よく考えるとあれはディープキスだったのであって、当時すごく迷惑がっていた父もその後息子がゲイだと知った時にあのことを思い出してたもかもしれないな、としみじみ思った。



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