病とゲイとの対比

突然ですがちょっと深刻なおはなし・・・


僕の母が直腸癌だと診断されたらしい。
数日前、それを僕は姉から聞いた。

夕方、ふと携帯を見ると姉から着信履歴が。

夕飯を食べていたので、「ごめんいま電話できんのやけどなに?」と送ると、
大事な話しやからまたあとで電話するとのこと。

そして、少ししてから電話し、母が癌だと診断された、と教えてもらった。


なぜ姉経由で僕に連絡が入ったかというと、
母が、僕や兄には自分からはつらくて言えないからだそうだ。

とくに僕はまだ学生で自立してないし、あんまり心配掛けたくなかったのだろう。


しかし僕の反応は自分でも驚くほど冷静というかドライなものだった。

ショックはショックだったけど、落ち込んでどうにかなる話でもないし、
早期発見だそうなのでまあ大丈夫じゃないの~?っていう楽観的な気分。

これは僕のゲイに対する思いに由来すると思う。



夜下宿に戻ると母から電話がかかってきた。

母は、「あのね・・・言わんといけんことがあるんよ・・・」
と、言いにくそうにしていたので、
お姉ちゃんから聞いたよ、と返した。

母はどうしても自分からは言えないようで、胸に涙が引っかかってるような声のまま
「お父さんに代わるね」、と言って今度は父と話した。

父が大体の経緯や入院するかもしれないこと、仕事はこの秋にお休みをもらうこと、
しっかりした検査を今度やること、などを教えてくれた。

普段から過剰な心配性だった母は、それがたたってここ数年パワーがなかった。
今考えると、つもりつもったそういうのが癌をもたらしたのかもしれない。



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で、なんでこの話をくどくど書いたかというと、不謹慎かもしれないが、
この一連の流れが、ゲイに似てると思ったからである。


発覚して落ち込む、
自分でも受け入れるのが大変、
親しい人に伝えたほうがいいけど伝える勇気がない、
伝えることへのうしろめたさ、
将来への不安、
…etc.

事実、姉からはじめに電話きたときは、僕のゲイがバレたのかと思ったくらいでした笑


病気はたしかに苦しいし悲しいし、治る保証もないけれど、
伝えるのがいくら心苦しくたって、言ってしまえばあとはみんなで協力して
回復へ向かうことに集中しさえすればいい。

でもゲイの場合は伝えるのは厳しいし、ほぼ確実に家族を悩ませるし、
どうしたって異性愛に変化することはないし、理解が得られる保証もない。


比較するのがそもそもおかしいとは思うけど、そういう点では若干母が羨ましくもあったり。
こういうこと考えるのは本当はいけないと自分でおもいつつ・・・


落ち込んでいる母に、最後に僕はこう言いました。

「癌やと診断されたのがたまたま昨日であったっだけで、ずっと前から癌という状況やったわけやろ?
つまりお母さん自体は昨日以前と昨日以後でなにも変わっとらんのよ。ただ単に自分が癌を患っとるという認識があるだけで。
やけぇ、過剰に心配せずに、今まで通り生活していけばいいよ。余計に心配すると治るものも治らんくなるよ。」


これはまさに、自分に言い聞かしているようなものである。


ゲイ自認した前と後では、単に自分がゲイだという意識があるかないかだけが違う。
自分自身は昔も今もゲイだ。
特に過剰に悩んだり意識することなく、今まで通り過ごしていけばいい。


ただおそらく、こういうふうに考えられる人は相当な強い心の持ち主なんだろうけど(;´∀`)



長文失礼しました。




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