煩悩遍路20日目「欲」―菩提の道場―

目覚めると、今日も小雨が降っていた。

足の調子はまずまずといったところ。
昨晩処置したマメはなんとか痛みが軽減されていた。

でも、せっかく乾いた荷物も服も、宿を出てすぐにしとしと雨に濡らされる。

今日も今日とて雨の中、ひとり無言で歩くのだ。

ゆうべ出会ったおっちゃんは前か後ろか。
けっこう体力ありそうな雰囲気だったし、朝早くに出発してもうとっくに先に行ってるんだろうか。
会って話がしたいけど、見当たらない。



3時間ほど歩いて、42番佛木寺に到着。
境内にもおっちゃんの姿は見つけられなかった。
いるのは大量のバス遍路ツアーのおじいちゃんおばあちゃんばかり。

天気は曇り空だし、靴の中は湿ってるし、蓄積した徒歩による披露で足は痛い。
なんとなくダレてしまって、お寺の横の東屋で休憩していた。



諦めて出発しようとしたとき、目の前にゆうべのおっちゃんがいた。
後ろにいたのか!

会えて本当にうれしかった。ひさびさの歩き遍路、つまり同志との交流。
そのあと、10キロ先の43番明石寺でも再会した。
記念にと、写真を撮らせてもらった。

「ホームページにでも載せるの?(笑)」
「いやいや、単なる旅の思い出ですよ!」

彼は別格霊場も廻っているそうだ。
今晩はこの少し先の遍路小屋で野宿するかもと言っていた。

ペースも違うし、もう会うことはないだろう。
さようなら。気さくなスポーツマンのおっちゃん。



ここ明石寺の近隣の住民は、みんなあいさつを返してくれたのが印象的だった。
「頑張って」
「気をつけて」
「歩き?若いのに偉いねえ」

その一言一言に、元気と笑顔のエネルギーをもらった。
挨拶もお接待だ。



縁もお接待も、求めている時は現れない。
意識の外に出たときにひょいと顔を出してくれる。

不思議なもんだな。



さて、時刻は15時半。
朝の時点では、ぼくはここから更に23km先の「十夜ヶ橋」での野宿を目標にしていた。

この橋は別格霊場の一つで、弘法大師がその下で野宿したという言い伝えのある橋だ。
「金剛杖を橋の上でついてはならない」という歩き遍路の暗黙の風習はここが起源とされている。

そして面白いことに、四国で唯一野宿が「公認」されている場所なのだ。
(逆に言うと、他所は黙認ということでもある)
弘法大師と同じように橋の下で寝てみませんか?というわけだ。

半野宿遍路の身としては興味をそそられる場所なので是非ともたどり着きたいと思っていたが…

正直、あと23km、つまりあと6時間追加で歩く気力も体力も無かった。
この先には峠もあるし。



どうしてこうも無謀な計画を立てるのか、我ながら呆れる。
高い望み、低(くならざるを得な)い結果。
超高速マルさんにふっかけられた煩悩はなかなか取れないのだった。

それでも、歩き始めたからには後に引けない。
寝場所を探さなければ。



日が暮れる19時半ごろ、峠の先に札掛ポケットパークというトイレ付き駐車場の広場を見つけた。
ちょうどいいことに東屋もある。今夜はここで野宿にしよう。

テント泊、水タオル、慣れたなぁ。
成長したというか、いちいち神経使わなくなったというか。

テント設営と一通りの身支度を終えると、
晴れた夕焼け空に月が光っていた。

ベンチに腰をおろし、菓子パンで夕飯を済ます。
日課となっている日記をつけ、レシートを参考に帳簿をつける。
そして独り静かに、暗くなって眠たくなるのを待つ。
たまにウォークマンを聴きながら。



結局、今日の歩行距離はだいたい35kmくらいだった。

もう少しペースを上げれば、次の通院の時までに結願できる、はず。
でも、雨と山がある。
疲労がある。

心は揺れていた。

焦って苦労して距離を稼ぐことよりも、
今こうしているような、のんびりとした時間を多く持つことの方が有意義なのではないか。
心の底ではそんな気持ちが湧いていたのもまた、事実だった。

20日目


煩悩遍路19日目「やりたいことは辛いこと」―菩提の道場―

朝から雨の予報。
ということで、降る前にテントを撤収!朝の5時には出発。

今にも降り出しそうな曇天の下、黙々と歩くが、どうも左足のいつもと違う部分が痛い。
やっぱり無理してるのかなぁと不安にはなる。



やがて雨が降り出した。

ちょうど道沿いに、モーニングをやっている落ち着いた雰囲気のお店があったので
雨宿りと休憩とブランチついでに寄ってみた。
ホットサンドが冷えた身体にうまい。

今晩の寝場所どうしようかなぁ…
雨だし、こういう日は野宿は避けたい。そこで宇和島にある遍路宿Mに電話してみた。
結果、OKとのこと。当日の急な予約も受け付けてくれる四国。ありがたい。
こうして今晩のお風呂と寝床が確保できた。これだけでも随分と気持ちが違う。



津島町から宇和島市街にひと山越えて抜けるには2ルートある。
一つは国道56号線の松尾トンネルを素直に歩くルート。
もう一つは標高差180mの松尾峠遍路道のルート。

遍路用の地図には、松尾トンネルは全長1,710m、通過所要時間約27分、
車両交通量が多く、トンネル内は排気ガス充満の状態になる、と書かれている。
反対に、松尾峠遍路道は自然満喫の道、とのこと。

雨が降ってるけどそこまで本降りでもないし、
今夜の宿の場所から逆算するに時間的余裕はある、と考えて
僕は遍路道の方を歩くことにした。

この時点で、自分の歩きにちょっとした過信があったと、今では思う。



その遍路道は要するに登山道みたいなもんで、暗い木々の下を歩くことになった。
時折、県道や林道を跨ぐ。

雨が降っていていちいち地図を開くのが億劫なので、道標を頼りに歩く…

しばらくすると、つづら折りのアスファルト舗装の道をずっと進んでいることに気付いた。
どんどん標高も上がっている。そして、道標はしばらく見ていない。

腕時計のコンパスで方向を調べた。
本来ならば全体として北へ向かうべきはずなのに、なんとなく南に向かってしまっている…

これはもしや…

次の道標が見えるまでもう少し歩いてみるか、
それともすぐに引き返して一つ前の道標を確認するか。

雨はすっかり激しくなっていた。
当然こんな山道を通る人も車もまったく姿を見ない。

濡れたスマホの地図アプリを駆使し、現在地を調べる。
どうやらいつの間にか県道46号線に入り込んでいたようだ。
このままでは逆走になってしまって宇和島市街まで行けない。

焦りはもちろんあったけど、なんだかこの迷った30分くらい?が
ものすごくもったいないなと思った。
それ故に、なかなか引き返す決意ができなかった。

結局引き返したのは、県道の道路標識とその先に何があるかが書かれた案内板を見かけた
地点だった。

引き返すこと30分、ようやく道標を発見。
山道→県道を横切る→山道 と行くべきところが、雨で視線が下に向いていたせいか、
気づかずにそのまま県道を進んでしまったようだ。雨の日あるある。



あーあ、雨なんだから、無理せずトンネルルートにすればよかったな。
ま、とにかく正しいルートに帰ってこれて正直かなりホッとした。
雨、山、無人。遭難だなんて、シャレになんないもんな。

自分でまいた種とは言え、なかなかしんどい経験だった。
孤独な遭難も修行…なのかな。

高速道路の高架下で一端雨宿りをする。
このレインウェア、完全に防水機能が失われてるよなぁ…帰ったら新しいのを買おう。
それにしても足の指先が痛い。宿につくまでの辛抱。



ずぶ濡れで夕方に宇和島市街にようやく到着。
商店街にて、歩き遍路発見!スポーティーなおっちゃんだった。
少し話してみたところ、番外札所も廻っているそうだ。ペースは僕のほうが少し速い、のかな。

昼間、ひとりぼっちで遭難しかけただけあって、歩き遍路に会うと途端に元気になった。
名産品のじゃこ天をおやつにひとつ買う。ここも3年前に来たんだよな。



その晩の宿の予約者はぼくひとりだった。
すごく清潔で広々とした宿で、
濡れた靴用の新聞も大量に用意してくれているというサービスっぷり。
いい宿に予約できた。正解。悪いことのあとには良いことがやってくる。

風呂で温まったあとに、部屋で足裏を確認する。
この雨でぐちょぐちょになった靴で山道を歩いたせいか、足の指にマメがどどーんと出来ていた。
お遍路してて一番デカイ規模のマメ、ついに襲来。


やっぱり雨は嫌だ、と思いつつ、マメの水を抜き、消毒して絆創膏を貼る。
処置完了。翌朝にはマシになってますように。

なんとなく足裏の皮も分厚くなってきている気もする。
お遍路再開して10日目。身体にはこれからもどんどん変化が出て来るだろう。
いつまで続けられるか…?



昼間のこと。

雨の中、山を歩いていると、なんでここにいるんだろうという疑問が頭をよぎっていた。
やりたかったことなのに。

でも、即刻帰りたいとは思わない。
辛くてもやりたい。続けたい。

やりたいことと辛いことは、実は表裏一体なのかもしれない。


そして、あの雨を乗り越えた今は、すっかり落ち着いて、
充実感をもって1日を終えようとしているという事実。

なんだかんだ言って、ぼくは歩くことも山も好きなんだろうな。

19日目

煩悩遍路18日目「菩提入門」―菩提の道場―

18日目(1)


朝、携帯の電話着信が鳴った。

「おはよう、ご飯できたよ、起きてる?」
「(寝坊したぁぁ)おっ起きてますよ??今行きます!」

シロさんの家で朝ごはんをいただく。
寝過ごしたのは、昨晩お酒を飲んだせいということにしておこう。

「さて、どうする?この辺で区切って帰るか、もう少し進むか」
「やっぱり、気持ちの整理もまだついてないし、こんだけお世話になっといて帰るのもなんなんで、
とりあえず松山までは行くことにしました」
「そう、それがいいね(笑)」

一応は今日打つ予定の39番延光寺で、高知県のお寺はコンプリートとなり、キリがいい。
でも、別にスケジュールに追われているわけでもない。
身体はヘトヘトだけど、なんとなく…まだ続行したほうが良い気がしていた。

昨日と今朝、これだけお世話になったのだから、歩きたいと思った。



玄関先まで送ってくれた。
「あそこの道をずっと行けば遍路道に合流するからね」
「松山についたら連絡して」

シロさん、お世話になりました。
また…会えるかどうかわからないけど、この縁は大切にします。



さて、半日ぶりの徒歩。薄曇りの空の下、ひとりで歩く。
車ワープしちゃったから、
先日まで会ったり別れたりしていた歩き遍路仲間ともかなりの距離の差ができてしまっただろう。
そこは寂しい。でも、それはそれ。
また新たな出会いもあるかもしれないと考えを切り替える。



延光寺をすぎると難読で有名?な宿毛市に着く。
ちょっとした田舎の住宅街という感じで、お店もそれなりにありそうだなぁとか思いながら
高台から見下ろしつつ通り過ぎた。

ここからは坂を登り、松尾峠へ。
高知と愛媛の県境。ここから先は、「菩提の道場」。

お遍路の全体の距離的にもだいたい半分くらいの地点。
もう半分。まだ半分。

峠の手前の畑で仕事をしているおっちゃんたちとしばし会話をした。
「○○するろ~」っていう方言が印象に残っている。
「峠は結構きついからがんばれよ」的なことを言われて、力も湧いてくる。



お世辞にも整備されてるとは言えない草ボーボーの山道を登り、峠を越す。
すると急に道幅が広くなり、しっかりとした手すりまで作られてたりして、
各県の遍路道への力の入れ具合が露骨に分かるのが歩いてて妙に面白かった。
やっぱり県境は良い。



峠の先、一本松町というところでひとりのおじいさんと出会った。
この辺にずっっと住んでいるという。

彼は幼いころ見たという昔のお遍路さんの姿を教えてくれた。

毎日托鉢をして、その日のメシ(お米)をもらう。
担いでいる重たい鍋で、川の水を使ってそのお米を炊いて食べていた。
衣類もめったに洗えないから、白衣のはずが茶色く見えた。
そして、橋の下で寝ていた…。

「遍路の本質は修行だ」

「今の時代、修行の要素は薄れてきてるけれど
その日はご飯を食べない、夜通し歩いてみる、托鉢をしてみるなど
一度わざと苦しいことをする日を作ってみてもいいかもしれないね」

「人生は苦労があるからこそ、楽しい。心の筋肉をつけよう」

「88番札所では、歩きで苦労した遍路は泣く。君も泣けるように、がんばりなさい」

「きっとこの遍路は君の人生にとってプラスになるよ…!」



この話を聞いてから先、橋を見るたびにその下で寝る昔の遍路の姿を想像するようになった。
そしていつか、ぼくも橋の下で寝たいとも思った。

そして彼の言う「わざと苦しいことをする日」。
3日前のぼくとリク君の徒歩50km超えはそれに当てはまるだろうか。
もしそうならば、あんな無茶なことをした価値はあったと言える。

と同時に、なんだかハードルが上がってきているようにも思っていた。
でももう、そのハードルを下げるきっかけは持ち合わせていなかった。

そして今日もまた、馬鹿みたいに長距離を歩くことになったのだった。



愛媛の一つめのお寺、40番札所 観自在寺に到着したのは夕方の4時頃。
ここは宿坊があるのだが、特に予約はしていない。

この14kmほど先に日帰り温泉Yがあるからそこまで行くつもりだった。

ちょっと休憩したあと、ラスト3, 4時間に備えて水分補給せねばなと思い、
宿坊のスタッフっぽいおばちゃんに、水道水を分けてもらってもいいですかと尋ねた。

すると、全然そんなつもりじゃなかったのに、
水だけじゃなく、新品のペットボトルのお茶とお菓子をお接待してくれた。
そしてしばし歓談。

「完歩!にこだわらなくていいのよね。
車お接待は弘法大師さんの与えてくれたご縁だからありがたく受ければいいのよ」

「お遍路は出会い。それに尽きる」

「お兄さん、笑顔が素敵よ。笑顔で、頑張らずに、頑張って!」

鬱になってから、表情作るのもしんどかったのになぁ。笑顔になれてるんだなぁ。
いまこうして、自然に笑顔が作れている現実、そうしてくれたお遍路に感謝。

ここでなんとなくだけど、
RPGで道端にいる人に話しかけたり話しかけられたりするとイベントが発生するのが
妙に人生(というか遍路)の本質をついてる!と思い付いて、ひとりで笑っていた。
一本松のおじいさんも、観自在寺のおばちゃんもそう。



さて、元気をいただいたので、あと3時間歩きますか。
おばちゃんからは近くにうどん屋さんがあって、同じ値段で何玉でも食べれるから
ぜひいきなさいとオススメされたのでそこにも寄った。

当然食べすぎた。食い意地張り過ぎである。



ここからの3時間がきつかったのは言うまでもない。今日も40km超を歩くのだ。

超高速マルさんから感染した長距離病という煩悩、
そして、今日おじいさんから言われた「わざと苦しいことをする」。

長時間歩けば手の届く40km。頑張って超えれた50km。
ふつうお遍路は1日30km前後くらいが標準なのに、
すっかりぼくの中で40km超えが基本ノルマと化してしまっていた。



だんだん夕暮れが近づいてくる。

1kmある直線の不気味なトンネルを抜けたころにはもうすっかり日が暮れていた。

温泉はまだか。もう少しのはずなんだけど…通り過ぎちゃったのかなぁ。
時刻は夜の8時。なんでこんな時間、こんな人気のない暗い国道をぼくは歩いているんだろう…

ぶつぶつ言いながらふと遠くに目をやると、薄暗い海辺に明々と光る建物が見えた。
今日の目的地だ。

着いた、というよりも、なんとか辿り着いた、という表現が合っていた。
ぼくはもう床に倒れ込むように建物に入り、温泉でその日の疲れを癒やした。
そして湯上がりのポンジュース。うまい。



その夜はすぐそばのキャンプ場で宿泊。
本当はテントを張るのに300円要るらしいんだけど、遅い時間だからか管理人がおらず、
どうしよっかなーと困ってたら、他の同じくキャンプする一般客の人が声をかけてくれた。

「歩き遍路さんですよね?夕方管理人に電話したら、遅いときは料金は不要らしいですよ」
と教えてくれた。

遍路を見るとさっと声をかけ、さっと助けてくれる四国の人。
本当にありがたかった。



テントの中で今日のこと、これまでのこと、これから松山までのことを考える。

菩提の道場・愛媛県についに来た。
菩提とは煩悩を断って悟りえた無上の境地のことだ。
つまりは愛媛を抜ける頃までには煩悩とおさらばしましょうね、てな解釈。

果たして可能なのだろうか?

たしかに、シロさんという煩悩とは今日でひとまず区切りはついた。
しかし、長距離歩行達成という煩悩がなかなかやっかいだった。


それを断ち切る手段を見つけ、実行する日は、しばらくまた先のこと…。

18日目(2)



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