煩悩遍路35日目「虹に向かって歩け」―涅槃の道場―

歩道に寄ってきた車の運転席から、お兄さんが腕だけ出して栄養ドリンクをくれた。
「ヨッ!」とだけ言って去っていった姿がとても恰好よかった、朝。



早々に83番一宮寺を打ち、北へ進路を変えて高松の中心部へと向かう。
横には栗林公園が見えた。3年前のスケッチ旅の初日に来たなぁ。あの日も暑かった。

10時、ちょっと寄り道して、うどんの有名店「さか枝」へ。さすが、混んでる。土曜日だしな。
「かけ中」にトッピングのあげ、ちくわ天を乗せて、390円也。
かけつゆを、ずんどうから伸びている蛇口から出すのが面白かった。



次は84番屋島寺だ。
屋島はその名の通り、遠くから見ると屋根のような台形の形をしている、山頂が平らな山。
昔は島だったらしい。どういうことだろ。

お寺への道のりはめちゃくちゃ急な坂で、その傾斜のまま舗装されてるもんだから、
余計にしんどい。
近所の人や観光客もそこそこ登っていた。自分の方が荷物量は半端なく多いが、何人か抜かせた。
疲れているとはいっても、体力はやっぱり付いているもんだ。

山頂からは昨日の五色台が見えた。あそこに昨日いたんだ。
納経所、境内、展望台、どこも賑わっていた。世間は海の日の3連休。いつの間にか夏休み。
連休を使って逆打ちをしているのか、経所に行列が出来ていた。お遍路の恰好をしてない人も多い。
そんな中浮いているガチの歩き遍路のぼくにだけ、納経所のおじさんがお菓子をくれたり。

下り坂も急だった。登りの比じゃない。こっちは土のある一般的な登山道の雰囲気だったが、
所々ロープがかけてあったり、木が倒れて道を完全に塞いでいたりして、危険な匂いがした。
途中で逆打ち歩き遍路さんに会ったけど、かなりへばっていた。遍路ころがしみたいなもんだな。



川を越えると、今度は85番八栗寺への坂道が始まる。
このあたりにあるうどん屋「山田屋」を以前超高速マルさんからオススメされていたので、
寄ってみた。
瓦屋根の建物。きれいな内装。お客の年齢層。やっぱ高級。
「ざるぶっかけ」570円は、上品でおいしかった。
高すぎはしないけど、他の雑駁な讃岐うどん屋に比べると、高めかな。

屋島の登り坂で疲れていたこともあって、八栗寺へはケーブルカーに乗ることにした。
560円で上まで行ける。リクくんが言うところの合法ワープ。
これで、乗った交通機関の種類に、電車、船、車、バスにケーブルカーが加わった。
もしロープウェーに乗ってれば、コンプリート感はあったかも(笑)

「歩きにこだわらない」ということにこだわっていた以前の自分を思えば、
今回特にためらいもなくケーブルカーに乗れたことにちょっとびっくりはした。



境内で、般若心経の写経ができるとの張り紙を見つけた。
その時はそういう心境だったのだろう。申し込むことにした。

般若心経が薄くプリントされている紙と筆ペンをもらう。なぞるだけでいい。
ひとり静かな畳の部屋で、字を書いてると心が落ち着く。
願意の欄があったので、考えた末、「自信をもって生きる」とした。
各所で受けてきた「お遍路の目的は?」という質問に対する、自分なりの答えを出したことになる。

千円で奉納すると、多宝塔にずっと奉納してもらえるとのこと。
よろしくおねがいします。

写経をしたからか、結願が近いからか、妙に気持ちが落ち着いていた。



夕方、道の駅に野宿しようと思ってたら、野宿禁止とのこと。
しょうがないので、もう少し先の素泊まりの宿に予約を入れた。

宿までラスト、海沿いの住宅地を東へ歩く。

ふと見上げると、空に虹がかかっていた…。
「虹に向かって歩いてね!」と、地元のおばちゃんが自転車を漕ぎながらエールをくれる。

旅の終わりにふさわしい気がした。
自然に、人に、励まされている。



チェックイン後、宿の近くのお好み焼き屋へ。
お客はぼく一人だった。

ぼくが着ていたモンベル(アウトドアメーカー)のTシャツを見て、
アウトドア好きなんですか?と主人が聞いてきた。
それをきっかけに、旅の話、モンベルの話、カヌーの話、冒険の話…と発展した。

カヌーイストの野田知佑さん、冒険家の植村直己さんの本をくれた。
植村さんの特集番組の録画も見せてくれた。
2人ともぼくは全然知らなかったので、新鮮だった。

ビールもおごってもらって、いい具合に酔ってくる。
追加で焼きそばを注文し、もりもり食べる…うまい。なんだか幸せだった。
主人が店先の電気を消した。お店は貸し切り。客はぼく一人。

主人も旅が好きらしい。
昔、旅先で優しくしてもらった経験から、今は旅人には優しくする主義なのだそうだ。
旅人から旅人へのつながりの連鎖がここにもあった。

「明日晴れてたら、裏の海でカヌーを教えてあげるんだけどなぁ」



静寂に包まれた夜の志度の町を、サンダル鳴らして宿へ帰る。
宿の主人に聞けば、ここから88番札所までは半日で行けるらしい。

そうか…いよいよ明日が…最後。

35日目(2)



煩悩遍路34日目「よう頑張ったな」―涅槃の道場―

34日目(1)

7月15日。
橋の下は風が強くて、涼しかったがテントの片付けが大変だった。



今日は五色台にある80番国分寺、81番白峯寺、82番根香寺を打つ予定。

昨日行こうと思っていたうどん屋さん「がもううどん」は8:30からの開店。
少し時間があるので、近所のコンビニのベンチで暇つぶしをしていた。
すると作業着のおっちゃんが声をかけてきた。

「兄ちゃんお遍路さんか。朝飯は食べたか?」
「まだです。これから近くのがもううどんに行こうと思ってて」
「がもううどんなら毎朝行ってるから連れてくよ」

なんと常連さんだった。お言葉に甘えて、車で連れてってもらう。
開店30分前だが、既に人が並んでいた。

おっちゃんに連れられて、開店より早くに店内に入る。
全員常連さんなのだろうか、各々が呪文のような言葉でうどんを注文し、トッピングをとる。
おっちゃんは立ったまま食べ、気づいたらおかわりもしていた。
ぼくもまごまごしつつ、教えてもらいながら注文(「温大」250円)。
空けてもらっていた大テーブルの真ん中の席に座る。

朝イチの常連さんの輪に入れてもらって、遍路に関する質問攻めにあい、うどんをすする。
「ここまで歩いてきたんかー」「頑張ったなー」
とても楽しい朝ごはんとなった。無理して昨日来なくて良かった。
大師さんは「ゆっくり行け、そうすれば出会いがある」と言っているのかな。
この時撮ってもらった写真には、良い笑顔をした自分が写っている。



ついに大台、80番札所国分寺。ここからは五色台への登山だ。
山の上の十九丁という三叉路で西に折れ、81番を打ってから同じ道を折り返し、
82番を打って、そのまま東から山を下るルートをとる。

ここは人によっては81→82→80という順番で打つ人も多いらしい。
まあぼくは例によって数字順。



今朝少し降っていた雨のせいか、ぬかるんだ泥にたまに靴が浸かる山道を進む。
十九丁~81番の途中で、向かいから…あの100日遍路のマサさんが歩いてきた!また追いつけた。
善通寺以降のお話を少ししてから、またお別れ。82番あたりでまた会えるかなぁ。



12時半、81番白峯寺に到着。
お参りを済ませ、境内でおにぎりを食べていると、おじさんが話しかけてきた。
「よう頑張ったな。悟れましたか?」
「いやー…(笑)」
「でもここまで苦労して来て、横から見てると、雰囲気持ってるよ」



来た道を折り返す。
歩き始めは足が痛いが、勢いがついてきたら無心でスタスタと歩ける。
考えたり山道を直視してるときつい。
人生と同じ。



15時前、82番根香寺に到着。
このお寺は、山中を修行の場とした山岳仏教がベースになっているということもあり、
木々に囲まれた神聖が雰囲気がとても良かった。カエデも多く植えてあるので、秋は綺麗だろうな。
お寺の前にある牛鬼の像も怖くもかわいかった。

納経所に行くと、係の人から「ちかひらさんですか?」と聞かれた。
どうして名前を…と不思議がっていたら、預かり物ですと、袋を手渡された。

『善通寺 カタヤキセンベイをどうぞ』と書かれた紙とお菓子。

マサさんがお菓子をぼくのためにと納経所に預けていたらしい。
良い人だ…。お寺の雰囲気も相まって、泣きそうになった。
こんな出会いもあるんだ。

人よりもゆっくり歩いているマサさんにとって、
二度以上会う歩き遍路仲間はあまりいないのかもしれない。
それだけに、ぼくとの“縁”を嬉しく思ってくれたのかもしれない。
自分の心のモチベーションを上げるための推測がかなり含まれているけど、
この縁はとても素敵なものに思えた。

結願したら絵手紙を出そうと決めた。



下山。
節電しているとは言え、スマホのバッテリーが予備を含めて減ってきて困った。
宿に泊まるしかないかな…と悩んでたら、近くにコインランドリーを発見。そこにコンセントが!
2日分の洗濯物も含め、まるっと解決。なんとかなった。

コインランドリーは地元の人との出会いの場。
香川の人は、ここまで頑張ったねと声をかけ、接してくれる人が多い。

お喋りしていた近所のおばちゃんから、夕飯に家で作っていたというお好み焼きと、
庭で採れた大きなトマト3個を頂いた。
お好み焼きについてはめちゃくちゃビビった。これまでのお接待の中で一番生活感があった。
ごちそうさまでした。



今晩も日帰り温泉へ。20時近く、さすがに辺りは真っ暗だ。
温泉代は安くは無いが、自分の中で優先度が高い。
お金は、その人が、価値あると思うものになら、ためらうことなく使えばいいと思った。



少し手前に戻って、広い川原の橋の下でテントを張る。
高松市まで来た。残るは、あと2日。

34日目(2)


おにーさん

お兄さん2

お兄さん3
使ったもの:Gペン、透明水彩

ひさびさにこの手のイラストを描いてみました。
目が完全にしずかty…

いい具合に透明水彩っぽい塗り方ができたので気に入ってます^^
そしてGペンの線はやっぱり好きです。漫画っぽくて。ANSWERっていう漫画もありましたね…


お遍路記事もいい加減完結させたいのですが、最近立て込んでてなかなか進めれてないです。
年度末までにはなんとかしたいなと思ってますので、ラストスパート応援よろしくぅ

春からまた色々と環境が変わりそうなので、決まったらこちらでもお知らせしますね。

ではさいなら(^o^)/



煩悩遍路33日目「涅槃とはうどんである」―涅槃の道場―

33日目(1)

ぼくは讃岐うどんの大ファンであり、そこにうどんがあるから香川に来るレベルである。
遍路道沿いには多くのうどん屋さん、しかも有名店も結構揃っているので
これは食べないはずがない。

前日の夜に、ゲストハウスKのオーナーにアドバイスをもらいながら
うどん屋さんめぐりを組み込んだ今後のスケジュールを立てたのであった。



さて、朝イチで「宮川製麺所」へ。善通寺の近くにある、地元密着型のうどん屋さん。
うどんを店員さんから受け取ったら自分でチャッチャと好みの加減で茹でて、
大きなお鍋にあるいりこたっぷりのつゆを自分でかける、セルフスタイル。

ここはゲストハウスKに泊まる度に毎朝食べに来るのだが、
色々廻った結果このお店の「かけ」が一番美味しいとぼくは思っている。

注文したのは「かけ大」と、トッピングの丸天(350円)。
最高の朝。まぁ、前日の朝も食べたんだけどね。

ゲストハウスに戻り、荷物を準備してから出発。
この宿あっての今のぼく。また来ます!



76番金倉寺へ。
この近辺にはどちらも有名店の「はなや食堂」「長田in香の香」があるのだが、
営業時間・営業日が合わず、今回は見送り。
2軒とも以前食べに来たことはあるのでまあ良い。



そのままてくてくと多度津町から丸亀市を横断し、78番郷照寺へ。
その手前にある宇夫階神社の境内に、「うぶしな」がある。
ひっそりとした佇まいなので、見つけるのにちょっと苦労した。
11時開店。開店と同時に入店する。

このお店は、神社の息子さんがやっているらしい。
しかも、他の有名店で働いていたということで味にも定評があるとのこと。

ぼくは「かけ」を注文(250円)。平たいくねっとしたした麺で、おいしかった。
開店前に一緒に並んでいた勤め人のグループも、和やかに食べていた。



3軒目は、坂出市にある超有名店「日の出製麺所」。
なんと営業時間が11:30-12:30の1時間しかない。
うぶしなから駆け足で向かう。
少し遍路道から外れており、スマホの地図アプリを駆使しつつなんとか12:15に到着。
…間に合った。

さきほど食べたばっかりなので、「ひや小」を注文(100円!)。
ネギはハサミ(!)を使って自分で切るスタイル。これも人気の要因の一つだろう。
木曜日とはいえ、めちゃくちゃ混んでいた。
味は良かったんだけど、せわしなくて、あんまりお店自体を味わえなかったな。

お店から出ると、すっかり夏の空になっていた。
予定に入れていた「がもううどん」はここから6,7kmの距離があるが、13時半には閉まってしまう。
間に合いそうもないし、このために電車に乗るのもアホらしいので、諦めることにした。



坂出駅前の商店街をゆったりと歩き、ベンチで少し休憩していたら、「中で涼めますよ」と
おばさんから声をかけられた。そこは市の観光案内所だった。

中では冷茶とどら焼きのお接待をいただくことができた。
係のおじさんは遍路の先達さんだった。神聖とされる三葉松の押し葉をくれた。
山口出身のお遍路さんが、昔、ずっと遍路をし続けて、沢山の道標を作ったんだよ、とか、
88番札所では無くよ、とか、色々と話をしてくれた。

いい感じに涼んでいると、先ほどのおばさんが入ってきて、
近所で買ったというパンをお接待してくれた。
聞くところによると、出身はここだが今は別のところに住んでいるらしく、
お遍路は興味があるが詳しくは知らないそうだ。
係のおじさんの話を熱心に聞いていて、なんだかぼくも嬉しくなってきた。

ゆっくり歩いていたからこその出会いだなぁ。



30分ほど休憩してから、再出発。
近くの「こむぎ屋」といううどん屋がおいしいよと教えてもらったので、そこにも行ってみる。
これで昼食は3食目か…

「かやくうどん」を注文(260円)。かまぼこ、卵焼き、海苔が入った温かいうどん。
味は良かったけど、具が入っているとなんとなく讃岐うどんのイメージと離れる気がする。
他所の土地の人間の勝手なイメージだとは思うけど。
お店の雰囲気はすごく良くて、店員のおばあちゃんにはかなり癒やされた。



超満腹の状態で、ゆっくり歩いてゆく。
道沿いに、温泉の看板が立っていた。調べてみると、そう遠くない距離にある。
近くの川にかかっている橋の下でテントも張れそうだし、晴れているから増水もしないだろうし、
今日の行程はここで終了することにした。



16時、高台にあるS温泉へ。
服を脱いでいたら、おじさんが話しかけてきた。
大きなザックと金剛杖、そして真っ黒な肌を見ればぼくが歩き遍路だということはすぐ分かる。

おじさんは、大手化学メーカーに勤めていて、来年定年で退職するらしい。
お遍路のことや、この地域のこと、それからぼくの仕事や人生に対する悩みなどについて話した。

「なるようになるから焦らずに」
「若さは価値。可能性は沢山ある」
「仕事はスイッチの切替えが大事。趣味や友達を作って、有意義なオフの時間を持とう」
「君は頭がいいから余計なことを考える。先々のことは置いといて、まずは目の前の仕事に励もう」
「うちの会社、入る?(笑)」

眼下に広がる川と五色台の山々の景色を眺めながら、長い時間、おじさんと話をした。
人生観について一家言ある人だった。

遍路旅で出会った様々な見知らぬ人達もそうだった。
みんな日頃から人生についてこんなに考えているのだろうか?
それとも、考えている人だから話しかけてくれるのだろうか?



温泉からあがり、例の川原の橋の下にテントを張る。
全然空腹になってなかったけれど、
お接待でいただいたパンと、スーパーで買ったプラムと豆乳で晩御飯とする。
ビタミンとタンパク質の補給は大事。



今日歩いたのは20km。食べたうどんは4杯。急遽温泉にも入れた。
完全に観光旅行になっている。
うどんや温泉といった観光要素がメインで、お寺のお参りはサブ。

でも心は穏やかだった。これが涅槃の境地だったりして。

「涅槃とはうどんである」
意:修行はいつしか物見遊山となり、心の平安がおとずれる

そんなメモをして、橋の下を吹き抜ける涼しい風を感じながら眠りに落ちた。

33日目(2)




煩悩遍路32日目「お接待という生きがい」―涅槃の道場―

早朝、椿堂と観音寺手前で会ったタケさんからメールが来た。
雨天につき仕事が休みになったという。
ちょうどぼくも今日は休養日としていたので、昼間に会うことになった。



雨が降る中、善通寺の境内にて待ち合わせ。
車に乗せてもらい、金刀比羅宮に連れてってもらう。

タケさんは40代。NPOで農業をしている。
子供の頃から喋るのが苦手で、いじめられっ子だった。
高校を卒業して働いたが、パニック障害が出て辞めた後は色んな仕事をしてきたそうだ。
善根宿のお手伝いも一年した。

「フリーターをやってられるのも若く体力のあるうちだけ」
「40歳にもなるとちゃんとしたところへの再就職は難しいし、
周囲はそれなりの地位や家庭を持ってるから…ちょっと後悔してる」
「でもパニック障害になったのも仕事が原因だから仕方ないんだけど」


金刀比羅宮に着いた。
雨がやんできたので、階段を登って本宮まで一緒に向かう。
ここからは市街を一望できる。

タケさんが住んでいる場所はここからは結構遠くて、車で1時間以上はかかる。
仕事が休みとは家わざわざここまで来るのは大変だったはず。
これもお接待の一環なんだろうか。



話を聞くところによると、彼は1日だいたい4時間くらいしか寝ていないらしい。
というのも、いつ死ぬか分からないし寝てる時間がもったいなく感じるからだそうだ。
それが原因か結果かは分からないけど、身体にガタが来てるとも言っていたし、
ある種の人生に対する「諦観」のようなものが感じられた。

逆に、だからこそライフワークとしてお接待を日頃からやっているとも思えた。
お接待をすることで、お遍路に来る全国の様々な人と知り合える。見聞も広がるだろう。
そうした生活はたしかに金銭的には不十分になり得るかもしれないが、
他の面で充実した豊かなものにはなる。
自分の行為によって、お遍路さんから感謝されるし、笑顔になってもらうこともできる。
誰かのために何かをすることほど、自分の存在意義を感じられることはない。

金銭面、仕事面、身体面での充実に諦めを持っているタケさんは、
お接待による人との出会い、そして感謝されることを通して、
自分の人生の意味、そして存在意義を自ら作り上げようとしているのではないだろうか。

色んな人からお接待をしてもらっていてこんなこと言うのも良くないかもしれないけど、
お接待をしてくれる人は少なからず「陰のある」動機を有しているのかもしれないという可能性も感じた。



こうした考えを基にすると、
椿堂、観音寺、今朝のメールはどれも、
タケさんがお接待をしようと思ってたからこそ発生した出来事で、
偶然の再会でもなんでもない、と言うこともできる。

字面だけ見ると、なんだかドライな考え方なようにも思えるけど。
何でもかんでも「会うべくして会った」とか思いがちだった当時の心境からすれば
ある意味冷静な視点を持つことができたきっかけなのかなぁとも、今では思える。



近くのうどん屋さんで昼ごはんを食べ、お喋りしたあと善通寺でお別れをした。
お遍路に関するいくつかのTV番組をDVDに焼いたものを2枚もらった。
知り合ったお遍路さんによく渡しているらしい。
帰ったらきみの家にもっと送るね、とも。

ありがとうございました。



タケさんの話を聞くと、正直、今後どう生きるべきかまた分からなくなってきた。
自分の好きなこと、やりたいことをやるのはいいとして、
その芽が出ないまま中年を過ぎると諸々問題も生じてくるということを知った。
金銭的問題もある。
かといって四国に住んでるわけじゃないから、お接待で自己実現するという手段はとれないし。

彼だけじゃないけど、この旅で出会ってきた色んな人が言うことの共通点は、
「いつ死ぬのか分からないのだから」というフレーズ。
その続きは…自分の言葉で表して、自分で納得がいくように表現できるだろうか。

とりあえずは、生産性とか成果とかそういうのは置いといて、毎日を大切に生きることかな。
若い時期のこの歩き遍路は決して無駄にはならないから。
というか、無駄にしないような生き方をする。



日が暮れる前に、善通寺でスケッチをした。
ゲストハウスのオーナーにプレゼントすると喜んでくれた。

人からの感謝の言葉を以って、ぼくも自分の価値を見出していく。

32日目


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